愛着障害の子どもとの絆つくり
20070228 01:06
以前、防災士の資格を取得した際に受けた講義の内容について。
レイさんのブログで「ボランティア」「施し」についての記事を読み、少し反応しました。
災害被災地におけるボランティアと救援物資。
児童養護施設におけるボランティアと施し。
全く別なものであるのだが、
そのどちらも経験の無さからくる無知にあきれるばかり。
私は被災も避難所生活もどちらも経験した事は無い。
ボランティアの参加経験も無ければ、被災地に物資を送った事も無い。
義援金を送った事が数回あるのみだ。
講義を受けた内容の中でいくつか驚いた。
うろ覚えなところもある事をご了承下さい。
阪神淡路大震災で被災地に送られた救援物資、
一節には『郵パック100万箱』とも言われている、
緊急時は送料が無料になる事もあり、膨大な量の物資が送られた。
量も問題だが、中身はもっと問題であった。
大半は古着であった。
着用には耐えられないような物も多かった。
黄ばんだ下着なども含まれていた。
その他では、スキー板・壊れた家電・などなど
被災地では全く不要な物も多く含まれていたそうだ。
混乱した現場で、それらの荷解き・破棄作業は二次災害だ。
それを聞いて、私はそんな時なのに?と思った。
善意とは思えない数々の物資は、明らかにゴミだ。
しかも送料無料なので、ここぞとばかりに救援物資を利用したとしか思えない。
被災した方々を馬鹿にしている。
でも人ってそういう部分もあるのだろう。
避難所で利用される体育館などの映像で、救援物資がうず高く積まれているのを
ニュースなどで何度か目にしている。
何故、バックヤードに置いておかないのか?
ひしめき合う体育館の中に置いておくのは邪魔でしょう?
盗みをする人が中にはいるからだ、そうだ。
なので皆で皆を監視する為。
そんな事実も初めて知った。
『食料が不足している』などの報道がなされる時、
実際は充分な備蓄があるにも関わらず、そのような状態になる場合もあるらしい。
何故か?
余分に取る人がいるから。
緊急時、次の配給があるかどうか不安になれば
当然の心理として多めに確保しておきたいという事だ。
その場に私も居たとしたら、絶対そうはしないとは言えない。
自分が欲しい、だけで無く、
子どもに少しでも多く食べさせてあげたいと思う事はあるだろう。
ましてや緊急事態、冷静な判断力にも欠けている中なら、
尚更とんでもない事ではないだろう。
ちなみに被災者へのアンケートでは「一番必要だったものはお金」だったらしい。
又、ボランティアの話題では、
ニュースでの報道もされたそうだが、
【●●から小学生●0名が観光バス2台である避難所に駆けつけ、トイレ掃除のボランティアをしてくれました。
おかげでピカピカになりました、ありがとう。】
講義の中では、被災者の自立支援の妨げという観点で話をされていたが
私は違うところで違和感を感じた。
小学生が自ら・・・はあり得ない。
何だかいろんな思惑が見える。
自分が避難所に居ると想像してみる、
おかげでピカピカになりました、ありがとう?
もっとトゲトゲした感情を抱くように思う。
いやトゲトゲだろうか?
あなた達がニュースで報道されて賞賛される為に、私は被災したんじゃない。
けれども「ありがとう」なんだろう、きっと。
だってそう言わなきゃおかしいから、それが正解だから。
人に何かをしてもらったら感謝を示さないといけないから。
経験はなくても想像力をもっともっと働かせないといけないな。
レイさんのブログで「ボランティア」「施し」についての記事を読み、少し反応しました。
災害被災地におけるボランティアと救援物資。
児童養護施設におけるボランティアと施し。
全く別なものであるのだが、
そのどちらも経験の無さからくる無知にあきれるばかり。
私は被災も避難所生活もどちらも経験した事は無い。
ボランティアの参加経験も無ければ、被災地に物資を送った事も無い。
義援金を送った事が数回あるのみだ。
講義を受けた内容の中でいくつか驚いた。
うろ覚えなところもある事をご了承下さい。
阪神淡路大震災で被災地に送られた救援物資、
一節には『郵パック100万箱』とも言われている、
緊急時は送料が無料になる事もあり、膨大な量の物資が送られた。
量も問題だが、中身はもっと問題であった。
大半は古着であった。
着用には耐えられないような物も多かった。
黄ばんだ下着なども含まれていた。
その他では、スキー板・壊れた家電・などなど
被災地では全く不要な物も多く含まれていたそうだ。
混乱した現場で、それらの荷解き・破棄作業は二次災害だ。
それを聞いて、私はそんな時なのに?と思った。
善意とは思えない数々の物資は、明らかにゴミだ。
しかも送料無料なので、ここぞとばかりに救援物資を利用したとしか思えない。
被災した方々を馬鹿にしている。
でも人ってそういう部分もあるのだろう。
避難所で利用される体育館などの映像で、救援物資がうず高く積まれているのを
ニュースなどで何度か目にしている。
何故、バックヤードに置いておかないのか?
ひしめき合う体育館の中に置いておくのは邪魔でしょう?
盗みをする人が中にはいるからだ、そうだ。
なので皆で皆を監視する為。
そんな事実も初めて知った。
『食料が不足している』などの報道がなされる時、
実際は充分な備蓄があるにも関わらず、そのような状態になる場合もあるらしい。
何故か?
余分に取る人がいるから。
緊急時、次の配給があるかどうか不安になれば
当然の心理として多めに確保しておきたいという事だ。
その場に私も居たとしたら、絶対そうはしないとは言えない。
自分が欲しい、だけで無く、
子どもに少しでも多く食べさせてあげたいと思う事はあるだろう。
ましてや緊急事態、冷静な判断力にも欠けている中なら、
尚更とんでもない事ではないだろう。
ちなみに被災者へのアンケートでは「一番必要だったものはお金」だったらしい。
又、ボランティアの話題では、
ニュースでの報道もされたそうだが、
【●●から小学生●0名が観光バス2台である避難所に駆けつけ、トイレ掃除のボランティアをしてくれました。
おかげでピカピカになりました、ありがとう。】
講義の中では、被災者の自立支援の妨げという観点で話をされていたが
私は違うところで違和感を感じた。
小学生が自ら・・・はあり得ない。
何だかいろんな思惑が見える。
自分が避難所に居ると想像してみる、
おかげでピカピカになりました、ありがとう?
もっとトゲトゲした感情を抱くように思う。
いやトゲトゲだろうか?
あなた達がニュースで報道されて賞賛される為に、私は被災したんじゃない。
けれども「ありがとう」なんだろう、きっと。
だってそう言わなきゃおかしいから、それが正解だから。
人に何かをしてもらったら感謝を示さないといけないから。
経験はなくても想像力をもっともっと働かせないといけないな。
20070227 00:04
一昨日の夜、ようやく息子に電話をさせてくれた主人。
(さんざん文句を言って口論になった更に明日後だ)
近況をたくさん話が出来て良かった。
元々、友達付き合いや職場の同僚ともいわゆる『女の子』な付き合いは
苦手な私だが…ここまで放置される事は始めての経験。
主人も息子もいつもこちらからアクションを起こさない限り、
連絡一つ寄こさない。
傍に居続ける事を小さな目標に定めてやっているが、
彼らとのコミュニケーションは、
ともすれば私の存在意義を、常に疑問に感じないで居続ける事は非常に困難。
私は無かったものとされる。
最初は寂しい、悲しい、などの感情が徐々に怒りに変化する。
そんな事で怒っていてはダメでしょ?と自分に言い聞かせるが、
これまた私自身の常識や育てられ方か、
放って置かない事が当たり前の感覚だから仕方無い。
そんな愚痴を親友Bちゃんに話していた。
主人に対しても、
「もう『ATM』だと思ってやる」
「どうせ私じゃなくても良かったのよ、息子の世話をする人であれば誰でも」
などと話す私に、「どうかあきらめないで」と。
「気持ちが無い訳では無いよ絶対に」
「お父さん自身、分からないんだよ」
「あきらめたくなる気持ちも分かるけど、いつか変わると信じて」
「仕事ばかりと言うけど働かない事を考えたら感謝も出来るでしょ」
「『ATM』にもならない人だって居るんだよ」
彼女と話していると、不思議と主人や息子を許せる気持ちになってくる。
「そうよそうよ!」の共感とは違うけど、ふむふむと素直に聴ける。
放って置かれるとどんなに辛いのか、思い知らせてやる。
そう考えて、あえて会話をこちらから仕掛けないようにした事もあった。
…が、全然辛くなさそうだった(泣)
1日目は思い知らせてやると意気揚々だった。
2日目は相当頑張って話をしないでいた。
3日目、我慢の限界で話しかけてしまった。
何て我慢の足りない奴なんだと自分に対して感じたが、
主人は特に我慢をしていた訳でもないらしく、
「話したくないんだな、と思っていたよ」とガックリなセリフ、
だったら何故話したくないのか知りたいと思わないのか?!
我慢比べをしていていると思っていたのは私だけというオチ。
「俺がそういう人間だって解って一緒になったんだろ?」
いつもそう言われるが、そんなの分かっていなかったし、未だに分からない。
普段、無口な人とコミュニケーションを取らない人は別個。
無口な人だと思っていただけ、必要な事のやり取りはすると思っていた。
↑この必要な事が(私にとって)主人には不必要な事が多いらしい。
無駄と感じる関わりこそが結構大事な事だと思うんだけどなぁ。
とにかく『あきらめない』事、それしかない。
(さんざん文句を言って口論になった更に明日後だ)
近況をたくさん話が出来て良かった。
元々、友達付き合いや職場の同僚ともいわゆる『女の子』な付き合いは
苦手な私だが…ここまで放置される事は始めての経験。
主人も息子もいつもこちらからアクションを起こさない限り、
連絡一つ寄こさない。
傍に居続ける事を小さな目標に定めてやっているが、
彼らとのコミュニケーションは、
ともすれば私の存在意義を、常に疑問に感じないで居続ける事は非常に困難。
私は無かったものとされる。
最初は寂しい、悲しい、などの感情が徐々に怒りに変化する。
そんな事で怒っていてはダメでしょ?と自分に言い聞かせるが、
これまた私自身の常識や育てられ方か、
放って置かない事が当たり前の感覚だから仕方無い。
そんな愚痴を親友Bちゃんに話していた。
主人に対しても、
「もう『ATM』だと思ってやる」
「どうせ私じゃなくても良かったのよ、息子の世話をする人であれば誰でも」
などと話す私に、「どうかあきらめないで」と。
「気持ちが無い訳では無いよ絶対に」
「お父さん自身、分からないんだよ」
「あきらめたくなる気持ちも分かるけど、いつか変わると信じて」
「仕事ばかりと言うけど働かない事を考えたら感謝も出来るでしょ」
「『ATM』にもならない人だって居るんだよ」
彼女と話していると、不思議と主人や息子を許せる気持ちになってくる。
「そうよそうよ!」の共感とは違うけど、ふむふむと素直に聴ける。
放って置かれるとどんなに辛いのか、思い知らせてやる。
そう考えて、あえて会話をこちらから仕掛けないようにした事もあった。
…が、全然辛くなさそうだった(泣)
1日目は思い知らせてやると意気揚々だった。
2日目は相当頑張って話をしないでいた。
3日目、我慢の限界で話しかけてしまった。
何て我慢の足りない奴なんだと自分に対して感じたが、
主人は特に我慢をしていた訳でもないらしく、
「話したくないんだな、と思っていたよ」とガックリなセリフ、
だったら何故話したくないのか知りたいと思わないのか?!
我慢比べをしていていると思っていたのは私だけというオチ。
「俺がそういう人間だって解って一緒になったんだろ?」
いつもそう言われるが、そんなの分かっていなかったし、未だに分からない。
普段、無口な人とコミュニケーションを取らない人は別個。
無口な人だと思っていただけ、必要な事のやり取りはすると思っていた。
↑この必要な事が(私にとって)主人には不必要な事が多いらしい。
無駄と感じる関わりこそが結構大事な事だと思うんだけどなぁ。
とにかく『あきらめない』事、それしかない。
20070225 12:47
20070223 01:31
愛着について少し。
私の思い込み…
「子どもは親を無条件に慕う」というもの。
この想いは呪縛のように強固にあった。
(過去形に無理にしてみる)
虐待を受けても尚、親を慕う。
どれだけ邪険にしても愛情を請う。
又、「子どもを愛さない親は居ない」というもの。
どんなに愛情を示す行動を取っていなくとも、
絶対に親は子どもを愛している。
そのどちらもそうとは限らないという事を、体感している。
今、息子は主人のところに居る。
主人のところへ行く時は泣きながら行った。
けれどもその後連絡があったのは一度だけ、もう一週間になるのに。
主人が赴任先で住んでいる部屋には電話は無い、
なので主人の携帯でしか、連絡は取れない。
息子と電話では話をさせるよう、伝えたが連絡は無い。
こちらからは仕事の状況が見えないので、
連絡を待つしかないのだが…。
主人自身も愛情を示すのがとても下手だ。
(下手なんて可愛いもんじゃないか…彼も多分愛着の形成途中)
なので私と息子の関係を繋ぐ為にするべき事が出来ない。
…単身赴任で別居してから、
連絡があるのは10日に1回か2週間に1回かのペース。
基本的に連絡をしなくても良いと思っているようだ。
私はそうではなく、毎日でも電話で声が聞きたいと思っている。
私にさんざん嫌味を言われ、うるさくうるさく、
「電話して」「忙しいなんて言い訳」と言われ、しぶしぶ連絡をよこしているに過ぎない。
「仕事がどれだけ大変か理解してない」
繰り返しそのような事を言われ、言い合いになる事に嫌気が指し、
コミュニケーションを取る事を最近は諦めてしまった。
ちょっと余談だけど、
朝日の『スーパーJチャンネル』の番組内で逆DVを特集していた。
その中でコミュニケーションについてのお話しがあり、
ポジティブストローク(誰か(何か)を肯定して認めること)と、
ネガティブストローク(誰か(何か)を否定して認めないこと)の心理状態の説明を聞いた。
※ストローク理論
「可愛いね」「大好きよ」などの言葉を掛けてもらっていると、満たされるが、
それが得られない場合、相手の嫌がる言葉を言ったりしてでも相手との
コミュニケーションを取ろうとする行為、について…だった。
要するに構ってもらいたい、って事か。
なるほど、とその心理状態がとてもよく理解出来た。
※その人の存在を認めるための働きかけ
私も諦める以前はそのような言動を主人に向けてしていたなぁと。
話がそれてしまった(毎度)
「子どもは親を無条件に慕う」では無い、息子と。
「子どもを愛さない親は居ない」では無い、主人。
コミュニケーションの取り方に大きなズレを常に2人に感じて怒れる。
今回もどうして寂しがらないの?と息子に思い、
何故、電話をさせてくれないの?と主人に怒れる。
全くの平行線である不毛な争いを繰り返している。
私の考えとは真逆である言動。
お互いに理不尽な怒りを向け合っている。
「何故そんなに絆の確認作業をしないとならない?」
「絆を作りたいから確認作業を怠ってはいけないでしょ?」
どちらもそれまでの育てられ方から言えば、正論を言っている。
ここの摺り合わせは言い争いを繰り返す事で歩み寄る事は可能なんだろうか。
私の思い込み…
「子どもは親を無条件に慕う」というもの。
この想いは呪縛のように強固にあった。
(過去形に無理にしてみる)
虐待を受けても尚、親を慕う。
どれだけ邪険にしても愛情を請う。
又、「子どもを愛さない親は居ない」というもの。
どんなに愛情を示す行動を取っていなくとも、
絶対に親は子どもを愛している。
そのどちらもそうとは限らないという事を、体感している。
今、息子は主人のところに居る。
主人のところへ行く時は泣きながら行った。
けれどもその後連絡があったのは一度だけ、もう一週間になるのに。
主人が赴任先で住んでいる部屋には電話は無い、
なので主人の携帯でしか、連絡は取れない。
息子と電話では話をさせるよう、伝えたが連絡は無い。
こちらからは仕事の状況が見えないので、
連絡を待つしかないのだが…。
主人自身も愛情を示すのがとても下手だ。
(下手なんて可愛いもんじゃないか…彼も多分愛着の形成途中)
なので私と息子の関係を繋ぐ為にするべき事が出来ない。
…単身赴任で別居してから、
連絡があるのは10日に1回か2週間に1回かのペース。
基本的に連絡をしなくても良いと思っているようだ。
私はそうではなく、毎日でも電話で声が聞きたいと思っている。
私にさんざん嫌味を言われ、うるさくうるさく、
「電話して」「忙しいなんて言い訳」と言われ、しぶしぶ連絡をよこしているに過ぎない。
「仕事がどれだけ大変か理解してない」
繰り返しそのような事を言われ、言い合いになる事に嫌気が指し、
コミュニケーションを取る事を最近は諦めてしまった。
ちょっと余談だけど、
朝日の『スーパーJチャンネル』の番組内で逆DVを特集していた。
その中でコミュニケーションについてのお話しがあり、
ポジティブストローク(誰か(何か)を肯定して認めること)と、
ネガティブストローク(誰か(何か)を否定して認めないこと)の心理状態の説明を聞いた。
※ストローク理論
「可愛いね」「大好きよ」などの言葉を掛けてもらっていると、満たされるが、
それが得られない場合、相手の嫌がる言葉を言ったりしてでも相手との
コミュニケーションを取ろうとする行為、について…だった。
要するに構ってもらいたい、って事か。
なるほど、とその心理状態がとてもよく理解出来た。
※その人の存在を認めるための働きかけ
私も諦める以前はそのような言動を主人に向けてしていたなぁと。
話がそれてしまった(毎度)
「子どもは親を無条件に慕う」では無い、息子と。
「子どもを愛さない親は居ない」では無い、主人。
コミュニケーションの取り方に大きなズレを常に2人に感じて怒れる。
今回もどうして寂しがらないの?と息子に思い、
何故、電話をさせてくれないの?と主人に怒れる。
全くの平行線である不毛な争いを繰り返している。
私の考えとは真逆である言動。
お互いに理不尽な怒りを向け合っている。
「何故そんなに絆の確認作業をしないとならない?」
「絆を作りたいから確認作業を怠ってはいけないでしょ?」
どちらもそれまでの育てられ方から言えば、正論を言っている。
ここの摺り合わせは言い争いを繰り返す事で歩み寄る事は可能なんだろうか。
20070222 00:09
出合った当初は、娘の友達。
時々会う関係なので完全お客様扱い。
息子から見れば、友達のママ。
お客様なので当然おもてなしを…。
我が家のルールを守ってもらう必要も無いので、
「お菓子」と言われれば、大体は出し。
「ジュース」「テレビ」「ゲーム」も「どうぞ」
一つの物を取り合う場面があれば、娘を咎め、
「何が欲しい?」
「どれにする?」
最初に聞いてあげるのは息子。
だって『お客様』だから、時間がくれば帰って行くのだから。
今でも他所の子が遊びに来たら、同じだろう。
遊びに来ている時間を楽しく過ごしてくれればそれでいい。
帰って行った後は娘と通常の生活。
娘からしても『お客様』
今でもそうだが、お客様が居ればママは優しい
なので、娘としても我侭が通る事が多いのでそれはそれで宜しい。
主人はそんな私の対応を見て、再婚を決めたのかも(苦笑)
さて、再婚をし皆での生活が始まると…
当たり前だがもうお客様では無い。
いや正確には、次第にお客様では無くなっていく。
もう父子家庭では無くなった主人は会社から特別に扱ってもらえない。
主人自身もそれまで、同僚に迷惑を掛けていた分仕事中心の生活に。
私は退職し、主人の分も育児を担う。
お客様であった息子への対応はすぐには変わらず、
基本的なところでは常に息子を優先するように接していた。
生活を共にするとなると、それまでのスタンダードでやっていきたい。
食事の前のお菓子はNG。
見せるテレビ番組は私が決める。
ゲームはしない(私が嫌い)。
寝る前のジュースはダメ。
これらが息子に対して、禁止した事柄。
寝る前の絵本読み。
交換日記。
ぬいぐるみなどの手作り。
休日のショッピング。
これらが新たに増えた事柄。
そのどちらも元々あった娘。
主人は禁止事項に難色を示し、たびたび言い争いになった。
主人からしてみれば、元々の生活習慣の変更を息子だけが強制させられているように、映った。
確かにその通り。
私と娘は、今迄通りのルールに変更はほとんど無い。
主人はほとんど不在、寝に帰るだけ。
息子は多くの点で変更があった。
が、息子はその変更にさほど異議は無かったように思う。
「えーなんで?」などは言ったけれども「ママはこういうやり方なのよ」で「うん分かった」となった。
主人だけが納得いかない様子だった。
何故息子だけが変えなきゃならない?
何かの折りに「しつけ直し」と言う言葉を私が使った時、猛烈に怒った。
それまでの育児を否定されたと感じたのだろう。
それを言った私にその意識は無かった。
上に書いたルールは一部に過ぎない。
実際はとても書ききれない量の細かなルールが存在していた事に、
衝突があって始めて気が付いたりもした。
私が特に意識して努めたのが、『平等に』だ。
年が同じ息子と娘、何をさせるのにも全て均等になるように努めた。
更に主人がそうしないと納得しない事を常々感じていた。
ここが今思えば、間違っていたように思う。
けれども『同年齢』である事を理由に、
私達も周りも『平等』であるべきと、至極当然思っていた。
そうしない事は差別・罪悪感に繋がり、それぞれの子どものニーズより
周りの大人の気持ち優先だったように今は思う。
息子がどう感じるでは無く、主人がどう感じるかを気にしていた。
娘がどう感じるより、平等であらねばを優先させてきた。
同年齢なので、「年上なんだから」「小さいんだから」などの言い訳は通用しない。
変に堅物な私は『同じ』にする事に、ものすごく拘ってそれを死守しようとしていた。
そうしないと、継母としての私は最低だ。と思ったりもしていた。
同年齢=全て平等に扱う、に何故かとても拘っていた。
気のせいかもしれないが、周りもそれを期待していたように思う。
時々会う関係なので完全お客様扱い。
息子から見れば、友達のママ。
お客様なので当然おもてなしを…。
我が家のルールを守ってもらう必要も無いので、
「お菓子」と言われれば、大体は出し。
「ジュース」「テレビ」「ゲーム」も「どうぞ」
一つの物を取り合う場面があれば、娘を咎め、
「何が欲しい?」
「どれにする?」
最初に聞いてあげるのは息子。
だって『お客様』だから、時間がくれば帰って行くのだから。
今でも他所の子が遊びに来たら、同じだろう。
遊びに来ている時間を楽しく過ごしてくれればそれでいい。
帰って行った後は娘と通常の生活。
娘からしても『お客様』
今でもそうだが、お客様が居ればママは優しい
なので、娘としても我侭が通る事が多いのでそれはそれで宜しい。
主人はそんな私の対応を見て、再婚を決めたのかも(苦笑)
さて、再婚をし皆での生活が始まると…
当たり前だがもうお客様では無い。
いや正確には、次第にお客様では無くなっていく。
もう父子家庭では無くなった主人は会社から特別に扱ってもらえない。
主人自身もそれまで、同僚に迷惑を掛けていた分仕事中心の生活に。
私は退職し、主人の分も育児を担う。
お客様であった息子への対応はすぐには変わらず、
基本的なところでは常に息子を優先するように接していた。
生活を共にするとなると、それまでのスタンダードでやっていきたい。
食事の前のお菓子はNG。
見せるテレビ番組は私が決める。
ゲームはしない(私が嫌い)。
寝る前のジュースはダメ。
これらが息子に対して、禁止した事柄。
寝る前の絵本読み。
交換日記。
ぬいぐるみなどの手作り。
休日のショッピング。
これらが新たに増えた事柄。
そのどちらも元々あった娘。
主人は禁止事項に難色を示し、たびたび言い争いになった。
主人からしてみれば、元々の生活習慣の変更を息子だけが強制させられているように、映った。
確かにその通り。
私と娘は、今迄通りのルールに変更はほとんど無い。
主人はほとんど不在、寝に帰るだけ。
息子は多くの点で変更があった。
が、息子はその変更にさほど異議は無かったように思う。
「えーなんで?」などは言ったけれども「ママはこういうやり方なのよ」で「うん分かった」となった。
主人だけが納得いかない様子だった。
何故息子だけが変えなきゃならない?
何かの折りに「しつけ直し」と言う言葉を私が使った時、猛烈に怒った。
それまでの育児を否定されたと感じたのだろう。
それを言った私にその意識は無かった。
上に書いたルールは一部に過ぎない。
実際はとても書ききれない量の細かなルールが存在していた事に、
衝突があって始めて気が付いたりもした。
私が特に意識して努めたのが、『平等に』だ。
年が同じ息子と娘、何をさせるのにも全て均等になるように努めた。
更に主人がそうしないと納得しない事を常々感じていた。
ここが今思えば、間違っていたように思う。
けれども『同年齢』である事を理由に、
私達も周りも『平等』であるべきと、至極当然思っていた。
そうしない事は差別・罪悪感に繋がり、それぞれの子どものニーズより
周りの大人の気持ち優先だったように今は思う。
息子がどう感じるでは無く、主人がどう感じるかを気にしていた。
娘がどう感じるより、平等であらねばを優先させてきた。
同年齢なので、「年上なんだから」「小さいんだから」などの言い訳は通用しない。
変に堅物な私は『同じ』にする事に、ものすごく拘ってそれを死守しようとしていた。
そうしないと、継母としての私は最低だ。と思ったりもしていた。
同年齢=全て平等に扱う、に何故かとても拘っていた。
気のせいかもしれないが、周りもそれを期待していたように思う。
20070220 00:07
文章にして整理していく中で、気付いた事の一つが
『年齢の近い、もしくは同年齢の継子と実子との生活』
ここに起因する問題がとても多い事。
我が家の場合、まさしくここが私にとって非常に大きな要因となっている。
『里子と暮らした実子の気持ち』Aさん
みなさんの体験談 里子と暮らした実子のはなし23才の実子さん
※上記リンクさせて頂きました、不都合がありましたら削除します。
今回、実娘の不登校について、
継息子との生活が実娘を追い詰める事だったのかもしれない。
可能性として、そのように考えてもいます。
里子と実子、継子と実子、形は違えど血の繋がりの無い子どもとの共同生活、
という点においては同じだと思いました。
なので、そちらの視点で実子の気持ちを考えたく、検索をしてみたのですが、
あまりヒットしませんでした。
我が家のように同年齢でとなると、見つけられませんでした。
継息子の事がどうしても家庭内で何かと中心となってきました。
今になって思えば、
「実娘ちゃんは後回しでいいわよ、ちゃんと絆が出来ているんだから」
「継息子くんを中心に考えないと」
などと、適切でないアドバイスを真に受けた事もありました。
愛情を受けずに育ってきた継息子に対して、
愛情を掛けて育ててきた(つもり)娘より気に掛けてあげるべきとも、
考えていたと思います。
実子に対しては驕り(おごり)があったようにも思います。
今迄の関係があるんだから大丈夫。
分かってくれる。
なので「継息子に対してもっと思いやりの気持ちを持ちなさい」と、
始終言っていました。
それらに対して、娘は小さいなりに一生懸命私の言う事を聞こうとしていたのだろう。
私に褒めてもらいたい為に。
それに対してフォローもせず、して当たり前と見ていなかっただろうか。
不登校をし、私と一緒に過ごす時間が増え、
明らかに娘は元気になっていっている。
継息子に対して、父ちゃんのところへ行かせている事に罪悪感は感じるけれども、
主人から息子の近況を聞いて、少し安心した。
近況は…
連れて行った初日は一言も口を聞かないで居た。
翌日に荷物の中にあったママからの手紙に気付いて、それを読んでからとても元気になった。
※バレンタインだったので、チョコと共に手紙を入れておいた
(主人には伝えておいたのに(*_*;)
『娘が今、学校に行けなくなってしまって大変だよね
ママはしばらく学校や娘といろんなおはなしをしなくちゃならないの
すこしのあいだ、父さんのところでまっててね、』
「ママに協力するから」と言っていたよと主人から聞きました。
悪い影響を想定していたので、ホッとしました。
実子の娘の話に戻るが、
今回の不登校は彼女のSOSだというように捉える事にしました。
本人の発達所以からくる、友達関係の作り難さもあるかと思いますが、
現在、継息子が不在である事によって、
娘の安定している様子を見るに、
やはり私の娘に対する甘えがあったのではないかと、感じています。
今回、こうやって継子・実子(里子・実子)についていろいろと調べる機会を、
持てたと考えるようにしました。
継息子との愛着の絆をつくる以前に娘が壊れてしまっては、
それも不可能です。
実子の納得・理解を得る事が今後に繋がっていけると、
今は気持ちの上でしきり直しをしたいと考えています。
まずは、それぞれにどのような関わり方をしていくか。
そして、それをどうしたら理解と納得をしてもらえるのか。
出来るだけ多くの事例を探し、我が家に見合った方法を見つけたいと思います。
しばらくはこの『年齢の近い(同じ)継子と実子について』テーマで、
問題点、解決策を整理していくつもりです。
『年齢の近い、もしくは同年齢の継子と実子との生活』
ここに起因する問題がとても多い事。
我が家の場合、まさしくここが私にとって非常に大きな要因となっている。
『里子と暮らした実子の気持ち』Aさん
みなさんの体験談 里子と暮らした実子のはなし23才の実子さん
※上記リンクさせて頂きました、不都合がありましたら削除します。
今回、実娘の不登校について、
継息子との生活が実娘を追い詰める事だったのかもしれない。
可能性として、そのように考えてもいます。
里子と実子、継子と実子、形は違えど血の繋がりの無い子どもとの共同生活、
という点においては同じだと思いました。
なので、そちらの視点で実子の気持ちを考えたく、検索をしてみたのですが、
あまりヒットしませんでした。
我が家のように同年齢でとなると、見つけられませんでした。
継息子の事がどうしても家庭内で何かと中心となってきました。
今になって思えば、
「実娘ちゃんは後回しでいいわよ、ちゃんと絆が出来ているんだから」
「継息子くんを中心に考えないと」
などと、適切でないアドバイスを真に受けた事もありました。
愛情を受けずに育ってきた継息子に対して、
愛情を掛けて育ててきた(つもり)娘より気に掛けてあげるべきとも、
考えていたと思います。
実子に対しては驕り(おごり)があったようにも思います。
今迄の関係があるんだから大丈夫。
分かってくれる。
なので「継息子に対してもっと思いやりの気持ちを持ちなさい」と、
始終言っていました。
それらに対して、娘は小さいなりに一生懸命私の言う事を聞こうとしていたのだろう。
私に褒めてもらいたい為に。
それに対してフォローもせず、して当たり前と見ていなかっただろうか。
不登校をし、私と一緒に過ごす時間が増え、
明らかに娘は元気になっていっている。
継息子に対して、父ちゃんのところへ行かせている事に罪悪感は感じるけれども、
主人から息子の近況を聞いて、少し安心した。
近況は…
連れて行った初日は一言も口を聞かないで居た。
翌日に荷物の中にあったママからの手紙に気付いて、それを読んでからとても元気になった。
※バレンタインだったので、チョコと共に手紙を入れておいた
(主人には伝えておいたのに(*_*;)
『娘が今、学校に行けなくなってしまって大変だよね
ママはしばらく学校や娘といろんなおはなしをしなくちゃならないの
すこしのあいだ、父さんのところでまっててね、』
「ママに協力するから」と言っていたよと主人から聞きました。
悪い影響を想定していたので、ホッとしました。
実子の娘の話に戻るが、
今回の不登校は彼女のSOSだというように捉える事にしました。
本人の発達所以からくる、友達関係の作り難さもあるかと思いますが、
現在、継息子が不在である事によって、
娘の安定している様子を見るに、
やはり私の娘に対する甘えがあったのではないかと、感じています。
今回、こうやって継子・実子(里子・実子)についていろいろと調べる機会を、
持てたと考えるようにしました。
継息子との愛着の絆をつくる以前に娘が壊れてしまっては、
それも不可能です。
実子の納得・理解を得る事が今後に繋がっていけると、
今は気持ちの上でしきり直しをしたいと考えています。
まずは、それぞれにどのような関わり方をしていくか。
そして、それをどうしたら理解と納得をしてもらえるのか。
出来るだけ多くの事例を探し、我が家に見合った方法を見つけたいと思います。
しばらくはこの『年齢の近い(同じ)継子と実子について』テーマで、
問題点、解決策を整理していくつもりです。
20070216 00:21
不登校をして、「学校には行かなくてもいいよ」と言った手前、
当然それを責めるような事は言ってはいけない。
学校を意識させるような事にも配慮しなければ…。
なんて思いながらここ数日過ごしてきたが、
対比でいつも考える継息子。
彼の言動を憎らしいとも思いがちだが。
よく息子は「小さいのに『自立』出来ててえらいわねぇ」と表現される。
彼はきっと不登校はしないと思う。
それに対してあっさりと不登校を選択した娘は、見方を変えれば『自立』出来てない。
私の言葉でそれを表現するなら『甘えている』か?
甘えと言うと、何だかそれはよろしくないような印象もあるが、
養育している私にとっては『そこが可愛い』部分でもある。
息子の場合、早過ぎる時期に自立を強いられてしまったのだと今は思う。
もちろん将来的には自立して欲しい。
子どもの方が長く生きるのだから、自分で生きていける力を身に付けて欲しい。
けれども、大人になってもどこかで頼って欲しいのだろうなと思う。
何故なら、私自身未だに親によく頼っている。
物理面でのそれは無いが、精神面では頼りにしている。
それだけで無く、親の方も頼られる事を待っている。明らかに。
もしかしたら家の場合だけかもしれないが、
例えば何か物事を決める際、親に相談せずに事後報告をすると、
「どうしてこっちに何の相談もしないの?」と嫌な顔をされる。
具合が悪かった事も言わずにいると「何で一言も言わないのよ?」
継息子の子育てで悩んでいると、
「帰って来い」
「一度きりの人生だから離婚してやり直せ」
「そんな苦労して他所の子を育てて、一体何になる」
「離婚すればそこまでの縁だ」
おいおい、ひどい事言うな!?と思いつつ、親側の立場に立てば
それらの言葉も理解出来なくもない。
いつか子どもが私のように子連れの人と結婚したいと言ったら?
猛烈に反対すると思う。
それが偽らない本心。
親からの私に対する言動をよくよく考えてみると、
経済的な自立は望むが、精神的な自立に関しては、
口では「自立しろ」と言われてきたが実際はそうでは無いように感じる。
そしてそれをおかしいとも思った事は無かった。
「私を当てにしないでよ」と言うが本当に当てにしないと怒る。
頼る事をするなと言っておきながら、頼らないと怒るという事か?
親に相談する前に別な人に相談し、そっちの意見が相容れない時、
「じゃあこれからその人に全部相談したら?」と嫌味を言われる。
↑これって私が息子に日々感じる事にとても近いわ。
そういう親に育てられたからなのか、
やはり子どもには頼られてナンボという気持ちがどうしても私にはある。
とても中途半端な内容でキリのいいところも見つからない^^;
結局、甘えられたい・依存されたい・頼られたい。
口先では、
「甘えるな」だの「自分でやりなさい」「人に頼らず努力しなさい」などとえらそうに吠えているが、
多分本当にそうされると悲しくて、寂しくて、…そしてそれはそのうち怒りに変わる。
普段私が息子にそう感じるように。
自立はいずれ必要な事。
甘え・依存・頼られ経験をしてから段階を経て自立して欲しい。
子育ての目標は?と問われれば、
子どもが自分で生きていける力を身に付けさせるよう協力する事、か。
でも本当は自分の力だけで生きていってもらっては困るのだ。
困るというのは間違いか?寂しいのか?とにかく何かそれでは不満。
心の片隅には常にある存在として、自分を位置づけて欲しい。
そんなイヤらしい恩着せがましい気持ちを持っている。
不登校から随分離れた内容になってしまった。
※不登校に関して「甘えている」「自立していない」と記すのは不適切でないかと迷いました。
イコールの話では無いという事。
愛着・絆をつくるという視点から真意を汲み取って欲しいと思います。
当然それを責めるような事は言ってはいけない。
学校を意識させるような事にも配慮しなければ…。
なんて思いながらここ数日過ごしてきたが、
対比でいつも考える継息子。
彼の言動を憎らしいとも思いがちだが。
よく息子は「小さいのに『自立』出来ててえらいわねぇ」と表現される。
彼はきっと不登校はしないと思う。
それに対してあっさりと不登校を選択した娘は、見方を変えれば『自立』出来てない。
私の言葉でそれを表現するなら『甘えている』か?
甘えと言うと、何だかそれはよろしくないような印象もあるが、
養育している私にとっては『そこが可愛い』部分でもある。
息子の場合、早過ぎる時期に自立を強いられてしまったのだと今は思う。
もちろん将来的には自立して欲しい。
子どもの方が長く生きるのだから、自分で生きていける力を身に付けて欲しい。
けれども、大人になってもどこかで頼って欲しいのだろうなと思う。
何故なら、私自身未だに親によく頼っている。
物理面でのそれは無いが、精神面では頼りにしている。
それだけで無く、親の方も頼られる事を待っている。明らかに。
もしかしたら家の場合だけかもしれないが、
例えば何か物事を決める際、親に相談せずに事後報告をすると、
「どうしてこっちに何の相談もしないの?」と嫌な顔をされる。
具合が悪かった事も言わずにいると「何で一言も言わないのよ?」
継息子の子育てで悩んでいると、
「帰って来い」
「一度きりの人生だから離婚してやり直せ」
「そんな苦労して他所の子を育てて、一体何になる」
「離婚すればそこまでの縁だ」
おいおい、ひどい事言うな!?と思いつつ、親側の立場に立てば
それらの言葉も理解出来なくもない。
いつか子どもが私のように子連れの人と結婚したいと言ったら?
猛烈に反対すると思う。
それが偽らない本心。
親からの私に対する言動をよくよく考えてみると、
経済的な自立は望むが、精神的な自立に関しては、
口では「自立しろ」と言われてきたが実際はそうでは無いように感じる。
そしてそれをおかしいとも思った事は無かった。
「私を当てにしないでよ」と言うが本当に当てにしないと怒る。
頼る事をするなと言っておきながら、頼らないと怒るという事か?
親に相談する前に別な人に相談し、そっちの意見が相容れない時、
「じゃあこれからその人に全部相談したら?」と嫌味を言われる。
↑これって私が息子に日々感じる事にとても近いわ。
そういう親に育てられたからなのか、
やはり子どもには頼られてナンボという気持ちがどうしても私にはある。
とても中途半端な内容でキリのいいところも見つからない^^;
結局、甘えられたい・依存されたい・頼られたい。
口先では、
「甘えるな」だの「自分でやりなさい」「人に頼らず努力しなさい」などとえらそうに吠えているが、
多分本当にそうされると悲しくて、寂しくて、…そしてそれはそのうち怒りに変わる。
普段私が息子にそう感じるように。
自立はいずれ必要な事。
甘え・依存・頼られ経験をしてから段階を経て自立して欲しい。
子育ての目標は?と問われれば、
子どもが自分で生きていける力を身に付けさせるよう協力する事、か。
でも本当は自分の力だけで生きていってもらっては困るのだ。
困るというのは間違いか?寂しいのか?とにかく何かそれでは不満。
心の片隅には常にある存在として、自分を位置づけて欲しい。
そんなイヤらしい恩着せがましい気持ちを持っている。
不登校から随分離れた内容になってしまった。
※不登校に関して「甘えている」「自立していない」と記すのは不適切でないかと迷いました。
イコールの話では無いという事。
愛着・絆をつくるという視点から真意を汲み取って欲しいと思います。
20070215 10:27
娘が先日から不登校をしています。
同級生と上手く遊べないところがあり、最近は孤立している事が辛いそうです。
(現状が苦しくて(受け入れられなくて)しばらく書けませんでした。)
内容を聞いて、即座に私は「それなら学校行かなくてもいいよ」と言うと、
「うん」とあっさり答えました。
少ししてから「でも次に行った時、イヤな事言われるかな?」
「学校って行かなくても本当にいいの?」と聞かれたので、
「イヤな事を言われたなら又ママに話して、イヤな思いをしなくていいように考えるから」
「大丈夫、辛い思いをするなら行かなくてもいいよ」
これらのやり取りで不登校する事を決めました。
その後は担任、教務主任、学年主任との話し合いをしています。
学校側としては、
「まずは出てきて欲しい」
「不登校が長くなると、問題解決も難しい」
「逃げてはいけない」
などと言われていますが、私としては
あえて傷つくところへ行くだけの必要性は無いと今は思っています。
不登校という現実を受け止め切れない部分は正直あります。
けれども、今最優先にすべきは娘の傷を癒す事かと。
エネルギーを蓄えて、再び行ける元気を取り戻した時に行けばいいと思っています。
今回娘の不登校を受けて、思い出した事があります。
継息子が小学校1年生の頃、しばらくの期間同級生に意地悪をされていた事がありました。
その事を私に話してくれた時、やはり同様に、
「学校イヤなら行かなくてもいいんだよ」と言いました。
が、継息子はそれを「絶対にイヤだ」と答えました。
意地悪をするグループにこき使われるような事があっても、
「イヤ」とは言わず、従っていました。
どうしてわざわざ意地悪をする子達の仲間に加わりたいのか、
理解出来ません。
イヤなら遊ばないという選択は決してしませんでした。
「一人になるのがイヤだ」とも言っていました。
「一人じゃないでしょ?ママも居るし、父さんだって居るじゃない」
そう言っても、意地悪をする子が居る公園にあえて出掛ける日々でした。
こちらの気持ちが伝わらないので、それ以上言う事はしませんでした。
そのうちに、違うグループに入ってました。
どこかのグループに属する事に必死に見えて、
私を含めた家族の存在はどうでも良いように感じて、その当時は腹も立ちました。
娘のように孤立する事はありません。
常に仲間と一緒に居ます。
集合には誰よりも早くに行かないと、不安になってパニックのようになります。
その為には、私らの気分を害する事も多々有ります。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
さて、いじめを受けた娘の事で、食事も喉を通らなくなりました。
睡眠もあまり取れません。
『なんとかなるさ』と考えるように気持ちを切り替えようと思いつつ、
フと気がつくと、娘と学校と将来とを…あれこれ考えてしまいます。
その状態で継息子を学校に登校させる事は、
私の何とか持ち応えている神経をボロボロにしてしまう。
なので『継息子も学校へはしばらく行かせない』としました。
ここは別個に考えなければならないところだろうと、
当然非難される事を想像していたが、学校側も家族も「それでいい」と言ってくれました。
娘の事を大きく包んであげられるようにする為に、
継息子は主人の単身赴任先にしばらく連れて行ってもらう事にもなりました。
「しばらくは継息子の養育に関する事で煩わされず、休養しなさい」と。
学校・家族(身内)らがそう言ってくれました。
本来は娘の不登校とは無関係なところにコダワリ、その方法を取ることに罪悪感を感じましたが、
学年主任、私の親から全く同じ言葉を掛けてもらえました。
「今はあなたが休む時期だよ」
「継息子の事はこれから先がもっと長い、今少し休憩したっていいのよ」
↑この言葉に勇気を貰い、思いきって主人の赴任先に行ってもらう事にしました。
主人にも今迄の事を説明したら「話を全然聞いてあげられなくて悪かった」
「ぞーうさんの一番楽になれる事を考えて」
「お母さんがみんなには必要だから」
などと、かつては出なかったような優しい言葉。
「継息子だけ除け者にするつもりか?!」
などと言うのだろうなぁ…と思っていたので、予想外にうれしかった。
そして、継息子本人には
「今、継息子も知っているように娘が学校でいろいろと大変」
「ママも先生達とお話ししたり、学校に行かない娘といろいろ話をしないといけない」
「娘が元気を取り戻すまで、継息子も協力して欲しい」
「その間、父さんのところで待ってて欲しい」
説明の理解は出来たと思いますが、泣いて拒絶しました。
それを見て主人は「やはり家に置いておけないか?」と動揺していました。
「今迄、ぞーうさんがやってきた事が今回の事で無駄になるんじゃないのか?」
「また別な歪が出るかもしれない…」
実親としてその気持ちは理解出来ます。
けれども、逆に継息子の事で掛かり切りで娘に歪が出たとも考えられないでもない。
学校に行く事は最優先では無い。
(継息子にとっては、違うだろうが)
家族として今後もやっていく事を考えた。
私と主人そして学校共に意見が揃ったので、今回はこのような形を取った。
少し休養。
同級生と上手く遊べないところがあり、最近は孤立している事が辛いそうです。
(現状が苦しくて(受け入れられなくて)しばらく書けませんでした。)
内容を聞いて、即座に私は「それなら学校行かなくてもいいよ」と言うと、
「うん」とあっさり答えました。
少ししてから「でも次に行った時、イヤな事言われるかな?」
「学校って行かなくても本当にいいの?」と聞かれたので、
「イヤな事を言われたなら又ママに話して、イヤな思いをしなくていいように考えるから」
「大丈夫、辛い思いをするなら行かなくてもいいよ」
これらのやり取りで不登校する事を決めました。
その後は担任、教務主任、学年主任との話し合いをしています。
学校側としては、
「まずは出てきて欲しい」
「不登校が長くなると、問題解決も難しい」
「逃げてはいけない」
などと言われていますが、私としては
あえて傷つくところへ行くだけの必要性は無いと今は思っています。
不登校という現実を受け止め切れない部分は正直あります。
けれども、今最優先にすべきは娘の傷を癒す事かと。
エネルギーを蓄えて、再び行ける元気を取り戻した時に行けばいいと思っています。
今回娘の不登校を受けて、思い出した事があります。
継息子が小学校1年生の頃、しばらくの期間同級生に意地悪をされていた事がありました。
その事を私に話してくれた時、やはり同様に、
「学校イヤなら行かなくてもいいんだよ」と言いました。
が、継息子はそれを「絶対にイヤだ」と答えました。
意地悪をするグループにこき使われるような事があっても、
「イヤ」とは言わず、従っていました。
どうしてわざわざ意地悪をする子達の仲間に加わりたいのか、
理解出来ません。
イヤなら遊ばないという選択は決してしませんでした。
「一人になるのがイヤだ」とも言っていました。
「一人じゃないでしょ?ママも居るし、父さんだって居るじゃない」
そう言っても、意地悪をする子が居る公園にあえて出掛ける日々でした。
こちらの気持ちが伝わらないので、それ以上言う事はしませんでした。
そのうちに、違うグループに入ってました。
どこかのグループに属する事に必死に見えて、
私を含めた家族の存在はどうでも良いように感じて、その当時は腹も立ちました。
娘のように孤立する事はありません。
常に仲間と一緒に居ます。
集合には誰よりも早くに行かないと、不安になってパニックのようになります。
その為には、私らの気分を害する事も多々有ります。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
さて、いじめを受けた娘の事で、食事も喉を通らなくなりました。
睡眠もあまり取れません。
『なんとかなるさ』と考えるように気持ちを切り替えようと思いつつ、
フと気がつくと、娘と学校と将来とを…あれこれ考えてしまいます。
その状態で継息子を学校に登校させる事は、
私の何とか持ち応えている神経をボロボロにしてしまう。
なので『継息子も学校へはしばらく行かせない』としました。
ここは別個に考えなければならないところだろうと、
当然非難される事を想像していたが、学校側も家族も「それでいい」と言ってくれました。
娘の事を大きく包んであげられるようにする為に、
継息子は主人の単身赴任先にしばらく連れて行ってもらう事にもなりました。
「しばらくは継息子の養育に関する事で煩わされず、休養しなさい」と。
学校・家族(身内)らがそう言ってくれました。
本来は娘の不登校とは無関係なところにコダワリ、その方法を取ることに罪悪感を感じましたが、
学年主任、私の親から全く同じ言葉を掛けてもらえました。
「今はあなたが休む時期だよ」
「継息子の事はこれから先がもっと長い、今少し休憩したっていいのよ」
↑この言葉に勇気を貰い、思いきって主人の赴任先に行ってもらう事にしました。
主人にも今迄の事を説明したら「話を全然聞いてあげられなくて悪かった」
「ぞーうさんの一番楽になれる事を考えて」
「お母さんがみんなには必要だから」
などと、かつては出なかったような優しい言葉。
「継息子だけ除け者にするつもりか?!」
などと言うのだろうなぁ…と思っていたので、予想外にうれしかった。
そして、継息子本人には
「今、継息子も知っているように娘が学校でいろいろと大変」
「ママも先生達とお話ししたり、学校に行かない娘といろいろ話をしないといけない」
「娘が元気を取り戻すまで、継息子も協力して欲しい」
「その間、父さんのところで待ってて欲しい」
説明の理解は出来たと思いますが、泣いて拒絶しました。
それを見て主人は「やはり家に置いておけないか?」と動揺していました。
「今迄、ぞーうさんがやってきた事が今回の事で無駄になるんじゃないのか?」
「また別な歪が出るかもしれない…」
実親としてその気持ちは理解出来ます。
けれども、逆に継息子の事で掛かり切りで娘に歪が出たとも考えられないでもない。
学校に行く事は最優先では無い。
(継息子にとっては、違うだろうが)
家族として今後もやっていく事を考えた。
私と主人そして学校共に意見が揃ったので、今回はこのような形を取った。
少し休養。
20070211 22:34
父子家庭時代、継息子が最後に実母に会った時の話。
実母が「もうそちらで面倒見て」と継息子を主人の元に突然連れてきてからも、
時々電話を掛けてきたり、
「会わせて欲しい」という事で、主人が連れて行ったりしていたそうだ。
そして、その時は又同様なパターンで実母と別れる際は、
泣き喚き、実母と離れる事を拒否していた。
実母と最後に別れたのは、東京からの新幹線のりば。
駅のホームでお別れをしようと思っていたが、
どうしても泣きやまない継息子に対して、
実母も一緒に新幹線に乗り込み誤魔化す事にした。
実母は「一緒に行こう」と継息子に言ってなだめ、
出発間際に「お菓子を買ってくるね」と嘘を言い、
ホームへ戻り、新幹線には戻らなかった。
新幹線が動き出し、騙されたと分かった継息子は主人に対して
一言も口を聞かなかったらしい。
その後、そんな事情も知らなかった私は到着駅まで迎えに行っていた。
改札口で待っていると、主人と継息子がやってきて
私に気付いた継息子は「ただいまー」と。
それを見て主人は私にボソッと「あぁやっと喋った」と言い、
東京駅での経緯をこっそり話してくれた。
ひどいな。
連れ帰る為に仕方なかったとは言え、これはひどいと正直思った。
後に、継息子は私に「父さんに意地悪された」と言った。
当時4歳。
この記憶は残っているのだろうか。
それきり、聞いた事は無い。
誰も追わなかった訳じゃなく、追っても追っても裏切られてきた。
だから追う事を止めた。
その場限りの刹那的な人間関係は裏切られ続けた結果。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
しばらく後に又実母から
「おばあさんが危篤になった、最後に会わせてやりたいから迎えに行く」
と連絡が主人に入った。
ちょうど、継息子が私と娘の自宅に遊びに来るようになった頃。
その日も家に継息子が遊びに来ていた。
携帯を切った主人から「どうしたらよいだろう?」と聞かれ、
私は「もうこれ以上、大人の都合で振り回す事は止めたら」と答えた。
が、「いやもうこっちに向かってるらしいんだ」と。
「来たら断ればいいじゃない?」
「自分が離れていた時には継息子に会わせてもらっていたから、
逆の立場になったらそうしないって訳にはいかないだろう」
継息子の気持ちは?自分達の都合ばかりね、そう内心思ったが
その頃他人である私はそれ以上の口出しは出来ないでいた。
継息子に対して主人は言った。
「○○のおばあちゃんが病気で苦しんでいるんだ、
継息子の顔が見たいと言ってる、父さんとお母さんと一緒にお見舞いに行こう」
「イヤだ、行きたくないー」
泣き喚いて、拒否する姿を見て当然だろうと思った。
けれども主人は継息子を担ぎ上げて連れて行った。
そのまま夜が明けて、早朝主人から電話があった。
「どうしてもどうしても行きたくないと継息子が言うから、やめたよ」
「良かった、それでいいと思うよ」
思えばその頃から、継息子は私と娘の家から帰らなくなった。
実母が「もうそちらで面倒見て」と継息子を主人の元に突然連れてきてからも、
時々電話を掛けてきたり、
「会わせて欲しい」という事で、主人が連れて行ったりしていたそうだ。
そして、その時は又同様なパターンで実母と別れる際は、
泣き喚き、実母と離れる事を拒否していた。
実母と最後に別れたのは、東京からの新幹線のりば。
駅のホームでお別れをしようと思っていたが、
どうしても泣きやまない継息子に対して、
実母も一緒に新幹線に乗り込み誤魔化す事にした。
実母は「一緒に行こう」と継息子に言ってなだめ、
出発間際に「お菓子を買ってくるね」と嘘を言い、
ホームへ戻り、新幹線には戻らなかった。
新幹線が動き出し、騙されたと分かった継息子は主人に対して
一言も口を聞かなかったらしい。
その後、そんな事情も知らなかった私は到着駅まで迎えに行っていた。
改札口で待っていると、主人と継息子がやってきて
私に気付いた継息子は「ただいまー」と。
それを見て主人は私にボソッと「あぁやっと喋った」と言い、
東京駅での経緯をこっそり話してくれた。
ひどいな。
連れ帰る為に仕方なかったとは言え、これはひどいと正直思った。
後に、継息子は私に「父さんに意地悪された」と言った。
当時4歳。
この記憶は残っているのだろうか。
それきり、聞いた事は無い。
誰も追わなかった訳じゃなく、追っても追っても裏切られてきた。
だから追う事を止めた。
その場限りの刹那的な人間関係は裏切られ続けた結果。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
しばらく後に又実母から
「おばあさんが危篤になった、最後に会わせてやりたいから迎えに行く」
と連絡が主人に入った。
ちょうど、継息子が私と娘の自宅に遊びに来るようになった頃。
その日も家に継息子が遊びに来ていた。
携帯を切った主人から「どうしたらよいだろう?」と聞かれ、
私は「もうこれ以上、大人の都合で振り回す事は止めたら」と答えた。
が、「いやもうこっちに向かってるらしいんだ」と。
「来たら断ればいいじゃない?」
「自分が離れていた時には継息子に会わせてもらっていたから、
逆の立場になったらそうしないって訳にはいかないだろう」
継息子の気持ちは?自分達の都合ばかりね、そう内心思ったが
その頃他人である私はそれ以上の口出しは出来ないでいた。
継息子に対して主人は言った。
「○○のおばあちゃんが病気で苦しんでいるんだ、
継息子の顔が見たいと言ってる、父さんとお母さんと一緒にお見舞いに行こう」
「イヤだ、行きたくないー」
泣き喚いて、拒否する姿を見て当然だろうと思った。
けれども主人は継息子を担ぎ上げて連れて行った。
そのまま夜が明けて、早朝主人から電話があった。
「どうしてもどうしても行きたくないと継息子が言うから、やめたよ」
「良かった、それでいいと思うよ」
思えばその頃から、継息子は私と娘の家から帰らなくなった。
20070209 00:53
主人の元に連れてこられた継息子、
父子家庭として半年程、生活をしていた頃私と知り合った。
父子家庭時代、保育園で保育士さんに
「他の子のように甘えてこない」と言われた事があったそうだ。
それは主人自身もよく分かっていた。
あれ程求めていたように見えた主人にも共に生活を始めてからは、
甘える事は無かったらしい。
実父に対して見せる『愛想笑い』が辛かったと言っていた。
私と知り合ってからの継息子は、
今度はかつて主人の車を追い掛けたように私を追うようになった。
まだ知り合って間もない頃だったにも関わらず、
主人・継息子と遊んだ後、必ず2人の自宅に戻る事を泣き喚いて拒絶した。
あんなに自分を求めていたはずなのに?
泣き喚く継息子を担ぎ上げ連れ帰る主人は怒っていた。
実母→実父→私へと。
泣き喚いて私と一緒に居たがる継息子を当時は、
「可愛いわね」とか「可哀想に」(母性に飢えてるのね)などとお気楽に感じていた。
主人は明らかに継息子に腹を立てていた。
しかしその反面(やはり子どもには母親じゃなきゃダメなのか?!)と、
自分にはどうにも出来ない事を感じていたとも後に聞いた。
さて、その後再婚をし継息子の求めていたはずだった私だが、
以前に書いたようなザマである。
一番身近な存在になったはずなのに、次の人へと向かってしまう。
私など、どうでもいいように感じるような言動が続いた。
しかしお生憎様、もう次はない。
(一旦次に渡してしまって悪かった)
実母や実父ですら怒れてしまう、継息子の『養育者でない人へ向かう癖』。
どんな理屈をつけてもその行動は腹立たしい。
そこに『絆』がありさえすれば、それは怒りに結びつかないと思う。
「何やかんや言っても、私(俺)じゃなきゃダメなのよ」
と息子を見る限り自信を持ってそう言えない。
「私(俺)じゃなくても適当にやっていけるさ」と見える。
何人の人の手をすり抜けてきたのだろう。
(短期の生活を含めば、書ききれない)
その数の分だけ、身近な人への裏切りとも見える言動は続くのだろう。
ここで、終了。
ここがあなたの居場所、死ぬまで。
拒絶されても、その手には乗らないからね。
父子家庭として半年程、生活をしていた頃私と知り合った。
父子家庭時代、保育園で保育士さんに
「他の子のように甘えてこない」と言われた事があったそうだ。
それは主人自身もよく分かっていた。
あれ程求めていたように見えた主人にも共に生活を始めてからは、
甘える事は無かったらしい。
実父に対して見せる『愛想笑い』が辛かったと言っていた。
私と知り合ってからの継息子は、
今度はかつて主人の車を追い掛けたように私を追うようになった。
まだ知り合って間もない頃だったにも関わらず、
主人・継息子と遊んだ後、必ず2人の自宅に戻る事を泣き喚いて拒絶した。
あんなに自分を求めていたはずなのに?
泣き喚く継息子を担ぎ上げ連れ帰る主人は怒っていた。
実母→実父→私へと。
泣き喚いて私と一緒に居たがる継息子を当時は、
「可愛いわね」とか「可哀想に」(母性に飢えてるのね)などとお気楽に感じていた。
主人は明らかに継息子に腹を立てていた。
しかしその反面(やはり子どもには母親じゃなきゃダメなのか?!)と、
自分にはどうにも出来ない事を感じていたとも後に聞いた。
さて、その後再婚をし継息子の求めていたはずだった私だが、
以前に書いたようなザマである。
一番身近な存在になったはずなのに、次の人へと向かってしまう。
私など、どうでもいいように感じるような言動が続いた。
しかしお生憎様、もう次はない。
(一旦次に渡してしまって悪かった)
実母や実父ですら怒れてしまう、継息子の『養育者でない人へ向かう癖』。
どんな理屈をつけてもその行動は腹立たしい。
そこに『絆』がありさえすれば、それは怒りに結びつかないと思う。
「何やかんや言っても、私(俺)じゃなきゃダメなのよ」
と息子を見る限り自信を持ってそう言えない。
「私(俺)じゃなくても適当にやっていけるさ」と見える。
何人の人の手をすり抜けてきたのだろう。
(短期の生活を含めば、書ききれない)
その数の分だけ、身近な人への裏切りとも見える言動は続くのだろう。
ここで、終了。
ここがあなたの居場所、死ぬまで。
拒絶されても、その手には乗らないからね。
20070208 15:12
過去の事を少しまとめておきたいと思う。
継息子は誰に対しても『求めない』訳では無かった。
ただ、求める相手を間違えていたように思う。
(私から見ると)
(以下主人からの話をまとめます)
継息子が生後数ヶ月で夫婦は家庭内別居をしていた。
後に実母が継息子を連れて別居、別な男性と同居。
そこでしばらく継息子は生活をする。
主人が月に一度、継息子を自宅に一泊させる為迎えにいく。
継息子は実母と同棲相手との生活で、世話をされていないところに気付く。
外見上のところでは、
歯を磨いていない為、乳歯全てが虫歯になっていた。
爪を切ってもらえてないので、常に伸びて不潔な状態であった。など。
そして、主人に対して不自然な愛想笑い。
実母のところへ再び送っていくと、継息子は泣きながら主人を追ったそうだ。
適切な養育がなされていたとは思えないが、
私が分かるのは、泣きながら主人を追った継息子に対しての実母の気持ち。
それは、私が日々『裏切られた』と感じるのと同様な気持ちを持ったのでは。
不適切であってもとにもかくにも、日々の世話をしている自分では無く
月に一度会いに来ては、生活そのもので無くただ楽しく過ごすだけの
主人と継息子。
いわゆる『おいしいとこ取り』のように感じたのかもしれない。
子どもは単純に楽しい事が好き。
けれども、泣きながら主人を追う継息子に対してそのように見てはやれなかったのでは無いか。
多分、私自身もそうであるが、
母子の間での絆があると確信した上での、上記の行動なら
子どもは単純ねぇ、と(腹が立ちつつも)捉えられるがまだその絆が無い状態で、
上の行動を見たらそれは怒りや憎しみに繋がる行動となってしまうだろう。
現状の継息子を見る限り、特定の誰かとの絆は築けていなかったと思う。
月に一度の外泊日には、毎回同様な事が繰り返された。
毎回、泣きながら走り去る主人の車を追いかける継息子を見て
主人も泣きながら車を走らせたと。
そして、「こちらで引き取りたい」と実母に話したそうだがそれは拒否された。
外見上の世話がされていなかったのは、単なるものぐさだったのかもしれない。
継息子を育てたいと思っていたのかもしれない。
後程、継息子自身の口からその当時の生活のエピソードをいくつか
教えてもらった。
家に入れてもらえなかった事。
同棲相手の機嫌を損ねる言動をした為、一緒に寝てもらえなくなった事。
実母に怒られた時、ゴミ捨て場に置き去りにされた事。
「○○なんて要らない」と実母に言われていた事。
一年程、そこでの生活は続き
継息子を渡さないと言っていた実母は突然それを翻し、
「もうそちらで面倒見て」と継息子は主人の元に連れて来られた。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
長くなるので分けます。
継息子は誰に対しても『求めない』訳では無かった。
ただ、求める相手を間違えていたように思う。
(私から見ると)
(以下主人からの話をまとめます)
継息子が生後数ヶ月で夫婦は家庭内別居をしていた。
後に実母が継息子を連れて別居、別な男性と同居。
そこでしばらく継息子は生活をする。
主人が月に一度、継息子を自宅に一泊させる為迎えにいく。
継息子は実母と同棲相手との生活で、世話をされていないところに気付く。
外見上のところでは、
歯を磨いていない為、乳歯全てが虫歯になっていた。
爪を切ってもらえてないので、常に伸びて不潔な状態であった。など。
そして、主人に対して不自然な愛想笑い。
実母のところへ再び送っていくと、継息子は泣きながら主人を追ったそうだ。
適切な養育がなされていたとは思えないが、
私が分かるのは、泣きながら主人を追った継息子に対しての実母の気持ち。
それは、私が日々『裏切られた』と感じるのと同様な気持ちを持ったのでは。
不適切であってもとにもかくにも、日々の世話をしている自分では無く
月に一度会いに来ては、生活そのもので無くただ楽しく過ごすだけの
主人と継息子。
いわゆる『おいしいとこ取り』のように感じたのかもしれない。
子どもは単純に楽しい事が好き。
けれども、泣きながら主人を追う継息子に対してそのように見てはやれなかったのでは無いか。
多分、私自身もそうであるが、
母子の間での絆があると確信した上での、上記の行動なら
子どもは単純ねぇ、と(腹が立ちつつも)捉えられるがまだその絆が無い状態で、
上の行動を見たらそれは怒りや憎しみに繋がる行動となってしまうだろう。
現状の継息子を見る限り、特定の誰かとの絆は築けていなかったと思う。
月に一度の外泊日には、毎回同様な事が繰り返された。
毎回、泣きながら走り去る主人の車を追いかける継息子を見て
主人も泣きながら車を走らせたと。
そして、「こちらで引き取りたい」と実母に話したそうだがそれは拒否された。
外見上の世話がされていなかったのは、単なるものぐさだったのかもしれない。
継息子を育てたいと思っていたのかもしれない。
後程、継息子自身の口からその当時の生活のエピソードをいくつか
教えてもらった。
家に入れてもらえなかった事。
同棲相手の機嫌を損ねる言動をした為、一緒に寝てもらえなくなった事。
実母に怒られた時、ゴミ捨て場に置き去りにされた事。
「○○なんて要らない」と実母に言われていた事。
一年程、そこでの生活は続き
継息子を渡さないと言っていた実母は突然それを翻し、
「もうそちらで面倒見て」と継息子は主人の元に連れて来られた。
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
長くなるので分けます。
20070207 00:59
実娘が継息子に対して、私に関わるあらゆる事を妨害します。
関わるあらゆる事といっても、ほとんどは会話の妨害です。
宿題の分からないところを聞こうとした時。
学校であった出来事を話そうとする時。
「私のママと話し過ぎ!」
娘が私を取られたと感じている事を、会話の中で理解してからは
極力娘を優先して接するように取り組んでいるが、
その効果は今のところ全く無いようだ。
妨害をした時には娘に対して怒る事は止め、
娘の『取られた』という気持ちに共感を示そうと思っています。
そのように児相担当者からも先日助言を頂きました。
けれども今夜は怒ってしまった。
昨日のお父さんへの言葉も同様に、
あまりにも相手の気持ちを考えない言葉が多いように感じる。
けれども、やはり怒った事を今は後悔している。
これでは共感を示した事にはならないから。
最近はクロスワードパズルに凝っている継息子。
家事の合間でも、問題を私に読み上げ一緒に考えマスを埋めていく。
それが日々の楽しみなようで、
学校から帰るとまず「ママー今日もクロスワードパズルをやろうね!」と。
夕食を終え一段落、娘はレンタルしてきたビデオを鑑賞。
そして継息子は「今、パズルやれる?!(^^♪」と、
「いいよー」繕い物の最中だったが、隣に来て座ってパズルを広げた時、
「ママとやらないでよ、そんなの一人でもやれるでしょ?!」と娘。
その他の事でも常に妨害をしていた娘に対して私は瞬間頭に血が昇った。
「どうしてそういう事ばかり言うの!」
「あなたは今ビデオを観てるんでしょ?!」
「いい加減、言われた人の気持ちを考えなさいよ!」
「だって、だって!継息子がママと一緒にパズルをするのが嫌なんだもん!」
「とにかく、あなたはビデオを観てなさいよ、ママは継息子とパズルをするから!」
パズルが出来たので、継息子はご機嫌。
怒りの背中を向けたまま娘はビデオ鑑賞。
程無く寝る時間になったので、寝る仕度をそれぞれにさせた後、
娘だけリビングに残らせ話をした。
父さんや継息子はあなたからママを取った(盗った)んじゃないよ。
父さんや継息子とママが話をしたり、遊んだりしたからといって、
あなたへの愛情が減ったわけではないよ。
今までもこれからもママはずっとあなたのママだよ。
これらの事を繰り返し、繰り返し伝えた。
私の膝に頭をうずめて泣きながらそれを頷いて聞いていた娘に、
親の都合で子どもを巻き込むとは、まさにこういう事かと思った。
不安にさせてしまっている事に対して、何が出来る?
他にも何人かに相談をしたが、
助言は同様に「不満に感じている気持ちに共感をしてあげる」だった。
確かに共感をする事は大切だと感じる。
怒ってしまって本当に悪かった。
けれども将来的に『ママが再婚さえしなければ』とならない為に、
共感する事しか方法は無いのだろうか。
毎日不満を訴える娘に何か特効薬は無いのだろうか。
同様な悩みを乗り越えた人の助言が今とても欲しい。
ところで、それに対して最近の継息子はとても穏やかに過ごしている。
「俺、大きくなったらママと結婚する」の発言もあったり(笑)
しばらく継息子の方はこの調子で良さそうだと思う。
少し前の不安定さは見られない。
一難去ってまた一難。
今日で9歳の誕生日を迎えた娘。
これからは彼女と向き合う事が大きな課題なのかも。
関わるあらゆる事といっても、ほとんどは会話の妨害です。
宿題の分からないところを聞こうとした時。
学校であった出来事を話そうとする時。
「私のママと話し過ぎ!」
娘が私を取られたと感じている事を、会話の中で理解してからは
極力娘を優先して接するように取り組んでいるが、
その効果は今のところ全く無いようだ。
妨害をした時には娘に対して怒る事は止め、
娘の『取られた』という気持ちに共感を示そうと思っています。
そのように児相担当者からも先日助言を頂きました。
けれども今夜は怒ってしまった。
昨日のお父さんへの言葉も同様に、
あまりにも相手の気持ちを考えない言葉が多いように感じる。
けれども、やはり怒った事を今は後悔している。
これでは共感を示した事にはならないから。
最近はクロスワードパズルに凝っている継息子。
家事の合間でも、問題を私に読み上げ一緒に考えマスを埋めていく。
それが日々の楽しみなようで、
学校から帰るとまず「ママー今日もクロスワードパズルをやろうね!」と。
夕食を終え一段落、娘はレンタルしてきたビデオを鑑賞。
そして継息子は「今、パズルやれる?!(^^♪」と、
「いいよー」繕い物の最中だったが、隣に来て座ってパズルを広げた時、
「ママとやらないでよ、そんなの一人でもやれるでしょ?!」と娘。
その他の事でも常に妨害をしていた娘に対して私は瞬間頭に血が昇った。
「どうしてそういう事ばかり言うの!」
「あなたは今ビデオを観てるんでしょ?!」
「いい加減、言われた人の気持ちを考えなさいよ!」
「だって、だって!継息子がママと一緒にパズルをするのが嫌なんだもん!」
「とにかく、あなたはビデオを観てなさいよ、ママは継息子とパズルをするから!」
パズルが出来たので、継息子はご機嫌。
怒りの背中を向けたまま娘はビデオ鑑賞。
程無く寝る時間になったので、寝る仕度をそれぞれにさせた後、
娘だけリビングに残らせ話をした。
父さんや継息子はあなたからママを取った(盗った)んじゃないよ。
父さんや継息子とママが話をしたり、遊んだりしたからといって、
あなたへの愛情が減ったわけではないよ。
今までもこれからもママはずっとあなたのママだよ。
これらの事を繰り返し、繰り返し伝えた。
私の膝に頭をうずめて泣きながらそれを頷いて聞いていた娘に、
親の都合で子どもを巻き込むとは、まさにこういう事かと思った。
不安にさせてしまっている事に対して、何が出来る?
他にも何人かに相談をしたが、
助言は同様に「不満に感じている気持ちに共感をしてあげる」だった。
確かに共感をする事は大切だと感じる。
怒ってしまって本当に悪かった。
けれども将来的に『ママが再婚さえしなければ』とならない為に、
共感する事しか方法は無いのだろうか。
毎日不満を訴える娘に何か特効薬は無いのだろうか。
同様な悩みを乗り越えた人の助言が今とても欲しい。
ところで、それに対して最近の継息子はとても穏やかに過ごしている。
「俺、大きくなったらママと結婚する」の発言もあったり(笑)
しばらく継息子の方はこの調子で良さそうだと思う。
少し前の不安定さは見られない。
一難去ってまた一難。
今日で9歳の誕生日を迎えた娘。
これからは彼女と向き合う事が大きな課題なのかも。
20070206 00:24
「お父さんいつまで家に居るの?」
そう言った娘に対して私は言いました。
「そんな言葉は人を傷つけるんだよ」
「あなたも、もしそんな風に言われたらイヤだよね?」
主人は後から私に言いました。
「父親として感謝するようにぞーうさんが普段から子どもに言っていないのでは?」
「例えば『お父さんが働いてくれてるから生活出来る』みたいな事」
そういう事なら普段からむしろ努めて話しているつもり。
だって、ほとんど接する時間も無いのだから。
自宅に居る時からほとんど顔を合わせなかったし
単身赴任になったら尚更だよね。
お金を稼いでくるから父親に感謝をするって事だけでは無いように私は思う。
もちろん経済的な安定を担ってくれる事に感謝はすべきだという事は前提で。
他にも「給料が現金支給じゃなくなって銀行振り込みになったから」
などと私にとっては見当違いなセリフも^^;
言いたい事は分かるけどね。(一体いつの話なんだ?)
共に過ごす時間が一番心に残る大切な事実だよね。
私自身振り返ってみても、父の日などには『いつも家族の為に働いてくれてありがとう』
などと、メッセージカードを贈ったりはした記憶はあるが、
それはそう自分で思って書いたというより、子どもながらも社交辞令的な気持ちで書いていた。
心に残っているのは、一緒に何かをした事、どこかに出掛けた事、などである。
とにかく、娘の言った言葉は主人を傷つける言葉だけれども
感謝が足りない(父親として見ない)事を私の教えが足りない、
みたいに言われた事がズレてるなぁと思いました。
そう教えれば、そのように感じるってものではないと。
これは私も継息子に対してそう思っているように、
ずっと傍に居続ける事、それらの日々の積み重ねによって生まれる気持ち。
だと思っている。
又、感謝を要求する事も疑問に思う部分があるけども、
(親が子の世話【経済的な面も含めて】をするのは当然だと思う)
(あぁ、主人にとっては継子だから当然でも無いか?)
父親として慕うという事を望んでいるのであれば絶対時間、
関わりが少な過ぎるのではないかと。
娘だけでなく、実子である息子がまず慕ってないようにも見える。
接する時間の長さだけではないと思うが、
少なくても濃密な時間を…とは言っても『少なくても』すら無かったら、
どうしようもないじゃない?
※単身赴任に行き、今年に入って電話が有った回数2回。
それは私に宛てた電話だったので深夜に掛かってきた。
子どもへの電話はだから1回も無い。
それでは慕うって事は、無理ってもんじゃない?
そう言った娘に対して私は言いました。
「そんな言葉は人を傷つけるんだよ」
「あなたも、もしそんな風に言われたらイヤだよね?」
主人は後から私に言いました。
「父親として感謝するようにぞーうさんが普段から子どもに言っていないのでは?」
「例えば『お父さんが働いてくれてるから生活出来る』みたいな事」
そういう事なら普段からむしろ努めて話しているつもり。
だって、ほとんど接する時間も無いのだから。
自宅に居る時からほとんど顔を合わせなかったし
単身赴任になったら尚更だよね。
お金を稼いでくるから父親に感謝をするって事だけでは無いように私は思う。
もちろん経済的な安定を担ってくれる事に感謝はすべきだという事は前提で。
他にも「給料が現金支給じゃなくなって銀行振り込みになったから」
などと私にとっては見当違いなセリフも^^;
言いたい事は分かるけどね。(一体いつの話なんだ?)
共に過ごす時間が一番心に残る大切な事実だよね。
私自身振り返ってみても、父の日などには『いつも家族の為に働いてくれてありがとう』
などと、メッセージカードを贈ったりはした記憶はあるが、
それはそう自分で思って書いたというより、子どもながらも社交辞令的な気持ちで書いていた。
心に残っているのは、一緒に何かをした事、どこかに出掛けた事、などである。
とにかく、娘の言った言葉は主人を傷つける言葉だけれども
感謝が足りない(父親として見ない)事を私の教えが足りない、
みたいに言われた事がズレてるなぁと思いました。
そう教えれば、そのように感じるってものではないと。
これは私も継息子に対してそう思っているように、
ずっと傍に居続ける事、それらの日々の積み重ねによって生まれる気持ち。
だと思っている。
又、感謝を要求する事も疑問に思う部分があるけども、
(親が子の世話【経済的な面も含めて】をするのは当然だと思う)
(あぁ、主人にとっては継子だから当然でも無いか?)
父親として慕うという事を望んでいるのであれば絶対時間、
関わりが少な過ぎるのではないかと。
娘だけでなく、実子である息子がまず慕ってないようにも見える。
接する時間の長さだけではないと思うが、
少なくても濃密な時間を…とは言っても『少なくても』すら無かったら、
どうしようもないじゃない?
※単身赴任に行き、今年に入って電話が有った回数2回。
それは私に宛てた電話だったので深夜に掛かってきた。
子どもへの電話はだから1回も無い。
それでは慕うって事は、無理ってもんじゃない?





