::楽しくない食卓
「アフリカの子は食べられないんだ」

いつも食事の時にわたしが親から言われたセリフだ。
わたしは小食だった。
好き嫌いはさほど無かったと思うが、とにかく食べるスピードが遅かった。
そして、少ない量しか食べられなかった。

少ない量をゆっくり食べていると、冒頭のセリフを言われた。
最終的には残す事を許してくれるのだが、とても罪悪感一杯だった。

しかし、どんなにブツブツ言われても、残す事が許され、
時間を超えても許されていたのは家庭であったからだと思う。
それをも許されないところに息子は居たのだろうと推測。

学校ではその当時、食べるスピードが遅い子は食べ終わるまで食べさせられた。
残す事は許されなかった。
なので、給食の時間が終わり、掃除の時間埃の中で食べつづけた。

家庭での言葉の追い詰めと、学校でのそれとで、
わたしは食事の時間が嫌いだった。

それなのに、現在それは反面教師にはならず、
うちの食卓も楽しくないものになっている。

娘はわたしに似ている面がある。
小食な事、でもわたしと違う点では好き嫌いが多い。
嫌いなものを出すと「これイヤだ」とはっきり言う。
それを聞くと、とても腹が立つ。
そして、冒頭のセリフを言ってしまうのだ。

息子はまた別なジャンル。
好き嫌いも無ければ、食べるスピードはどんなメニューでも一定。
味付けに失敗した辛い野菜炒めなどでも、文句一つ言わずに食べる。
そして、それにも何故だか腹が立つ。

わたしがどんなにイヤでも食べさせられた(学校で)経験から、
イヤなものは残すという事をいとも簡単にする娘には腹が立ち、
好き嫌い無く、決まった時間で食べ終える(ように多分鍛えられている)息子には、
それはそれで、イヤな気持ちを抱きながら食べる様子を見ている。

本来なら食卓は楽しくなければ…と思うのだが、
わたしの厳しい表情によって、彼らも楽しく食べることが出来ない様子だ。

また、そんな対照的な二人を見ている事もそれに拍車を掛けている。

小食で、偏食な娘に「いいよ、食べられるものを食べたいだけで」
好き嫌い無く、規定の時間(?)で食べる息子に、
「嫌いなものは食べなくていいよ、食べたく無い時は無理に食べなくてもいいし」
なんて、おおらかに言えるようにならないと。

食事について、わたし自身の過去も、彼らに悪い影響を与えてる。
怒りの矛先は違うのに。

食事はおいしく頂きたい。
未分類  コメント(3)   トラックバック(0)  △ page top


::大切な人を大事に出来ない
私の感覚からすると、タイトルのように考えがち。

『大切な人を何故蔑ろにするのか?!』
『どうして他人と距離感が変わらない(むしろ遠い)のか?!』

すると、続けて

と言う事は、
『大切じゃないのね?!』
『他人の方が大事なのね?!』
…と。

ここが発想の罠なんじゃないかと思う。

私の通常の発想は上になるんだが、それを息子にあてはめてしまうと、
どうしてそんな人と家族としてやっていかなきゃならないの?
そんなに馬鹿にするのなら、どうしてココに居るの?
などと、腹立ち・苛立ちを向け、
穏やかに生活などとはかけ離れていってしまう。

発想の転換。

改めて、主張する程の事では無く、
知識のある人にとっては、ごく当たり前の事なんだろうけども。

この発想を根本から変える。

『大切な人を何故蔑ろにするのか?!』

『大切じゃないのね?!』
これを、
『大切にする仕方を学んでないのね』
にする。

『どうして他人と距離感が変わらない(むしろ遠い)のか?!』

『他人の方が大事なのね?!』
これを、
『その距離感しか学んでこなかったんだね』
とする。

最近は、これらの事が少しづつだけど自分の中で出来つつある。(少しね)
だから瞬間的に怒りはするのだけど、さほど持続はしなくなった。
先日の娘へのいじめに加担する件に関しても。
ただ息子が絡まなくとも娘に対するいじめそのものが、とても私自身苦しい事実なので、
更に怒り倍増ではあったのだが。

****************************************************

母の日に、息子からはカーネーションの切花。
娘からはハートのティーカップをプレゼントしてもらいましたハート

私の好きな色は【白】って事で、白いカーネーションスホトラヨテヲ、キ、ニ、ッ、タ、オ、、
お店の人に「白色は死んだ人用なんだよ」と言われたと半泣きで帰って来ました。
「でもママは白が大好きだから…」
「そうだよーママは白が好きだからいいんだよ♪」
そんなやり取りもありましたまっくろくろすけ
未分類  コメント(3)   トラックバック(0)  △ page top


::代弁
家族、家族って何だよ?
家族だったら、助けてやれ?

その家族を施設に捨てたのはどこのどいつだよ?
引き取ったからって、その事実は消えないんだよ。

捨てた本人らがよく言うよ、呆れちゃうね全く。

親って名のつく人からゴミ袋に入れて捨てられたり、
あっちにやられたり、こっちにやられたりした経験があるのか?

その場に応じて、従う相手を変えるのも、僕が身を守る為に学んだ事。
だってそうだろ?
誰が信頼出来る大人だったんだよ?
成るべくしてこうなったんだよ。

都合がいい時だけ、家族って言うなよ。
僕に対して責任を取れよ。

僕にそういう事を望むのなら、
10年、いや20年捨てずに僕の人権を尊重した関わりをしてから言え。

そこまでしてくれたのなら、家族っていうあんた達の主張も聞いてやる。



@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

…と、息子の気持ちになって書いてみた。
未分類  コメント(0)   トラックバック(0)  △ page top


::実子にはそこまで苛立たない、本音。
前回日記の内容がとても不穏な空気感一杯で汗
展開を書く間も無く、翌日にはPCが壊れてしまい只今修理依頼中。

さて、その後は通常通りに過ごしています。

息子のとった行動には叱りました。
娘も無意味に『やる事が遅かった』訳で無く、その時は具合が悪かったらしい。
なので、尚更きっちり叱った。

そして、息子に『置いて行こうぜ』と言ったのがいわゆる『ボス』格な高学年であった事。

問題はその『ボス君』なのであるのは前提で、
「具合が悪いから待って」と言ったのが、もし自分だったらどう思う?
他の子らに置いていかれるのと、家族に置いていかれるのとどっちが悲しいか?

などを息子に懇々と話した。

娘がてんかんである事、薬の副作用で、体がだるくなる事、
発達の遅れがあり、周りの皆と同じに出来ない事がある…など。

4年生には難しい内容ではあると思うが、
少なくとも、
『家族であるあなたまでが見捨てるのは、してはいけない事なんだ』
を、繰り返し繰り返し説明した。

今回は私の腹立ちよりも、どちらかというと主人が怒っていた。

最初はいつものように、「あいつは『愛着に問題があるんだから仕方無い』」
などと庇うような発言をしていたが、
ならば「場の空気が読めない娘が、似たような状況で息子を置き去りにするのもありなのね?」
の私の反論に、「イヤ、やっぱり許される事じゃない」と。

ステップファミリーである我が家は、こういった問題について、
家族として今後も継続していく為には、きっちり話し合う必要があると思った。

実子兄弟間でこのような問題があった場合、
置き去りにした子にはもちろん叱るが、だからと言って、
もうこの子の世話などしたくないわ、とはならないだろうから。

親側の努力も然る事ながら、子どもたちにも家族が家族として
成り立っていくのに努力が必要なんだとも思った一件だった。
未分類  コメント(0)   トラックバック(0)  △ page top


::いじめる側に加担
今、学校生活において、正直やり切れない思いで一杯だ。

娘の発達の遅れがイジメの理由、
学年が変わりそれぞれが新しい環境で、しばらくは学校でイジメなどの話は無かった。

私もこの調子でいってくれたらうれしいな、と思っていたけど、
最近、ポツポツとイジメらしき話が再び出てきた。

「お前がやるとどうせ上手くやれないから、やるな」、
持ち物を「きもい」と言われ皆に笑われたり、

そんな話を娘から聞き、また学校に行きたくないとなるのかな、と思ってる。

娘には「いろんな人がいるからね」
「『やる事が遅い』を我慢出来ない人もいるね」
「そういう時は『まぁいっか』と思おうね」

そんな風に話をしたら「じゃあママとわたしの合言葉ね『まぁいっか』」
そのように元気に答えてくれた。

まぁいっかで済まなくなるような事が、今日か明日かと緊張しつつ過ごしている。

そんな中で昨日、娘の『やる事が遅い』に周りの子らが「もう置いて行こうぜ」になったらしい。

その場には息子も。
(ここから先は、もう書かなくても分かりそうな話だが)
息子も「置いて行こうぜ」の子らに混じって娘を置き去りにしたらしい。

帰宅後、その話を娘から聞いた。

息子には何度も、発達に遅れがある事を何度も説明してきた。
「あなたには当たり前に出来る事が、難しい」
だからそういう時は待っててあげて欲しい。
手助けをしてあげて欲しい。

「うん、わかった」
そう返事をしてくれてはいたが、状況によってはむしろそれをバカにした言動をしている。

私の心境は…、

息子がいくら人との距離感を学んでいなかろうと、
家族の概念が無かろうと、
集団に、より優位な側の集団に属する事で安心を得ていようとも、

ムカつきます、何をどう考えようと、腹立たしさで一杯です。

娘の遅れの部分を皆と一緒に笑っている息子の世話など、したくないです。
断じてしたくないです。

食事の用意も洗濯も、何もかもが苦痛です。

能面のような顔をして、昨夜から接しています。

ここでまた親として、人としての資質が…と情けない気持ちにもなりますが、
それ以上に怒りが勝っている。
未分類  コメント(3)   トラックバック(0)  △ page top


::名前の由来
確か娘が小学校2年の時の宿題で、
『名前の由来をお家の人に聞いてくる』というのがあったハズだが、
4年になって、また同じ内容の宿題を今度は息子が持ってきた。

私は知らないので、主人に聞いた^^;

私が産んだ他の子ども達はそれぞれに由来がある。
こうなって欲しいとか、こういう気持ちを持った子になって欲しいとか。

息子の場合は、「画数で選んだ」と主人から聞いたので、
別な日にまずそのように伝えた。
きっと他の兄弟らの事も聞くのでは?と思っていたら、
案の定「娘や弟、妹は?」と。

こういう質問は想定していたので、ここからは私の勝手なアレンジで…
まずは他の兄弟らの由来を説明し、その後は息子に私の独断で話した。

画数で良いものを選んだんだけど、これこれの漢字の意味はね〜
この漢字とこの漢字を組み合わせるとこういう意味になるんだよ。
息子にはこういう気持ちを持った人になって欲しいと思っているんだよ。

とか何とかうわぁ

産みの親と育ての親が違ったり、その他にもいろいろな家族の形態があると思うので、
一律同じこういった内容の宿題を出されると、

一般家庭が当たり前。

そんな風に子どもが(私も)感じてしまうんじゃないの?
と思ってしまう。
未分類  コメント(0)   トラックバック(0)  △ page top


::適度って難しい
後追い、退行、要求の出方が極端過ぎて困ってしまう。
以前、同じようになった時と同様で、
人前ではそんな様子は全く見せないので、説明しても理解を得難い。

過度な要求には「ダメ」と答えるのだが、
それを数回繰り返すと、とたんにはるか遠くに離れていってしまう。

ここまでならOKだよ、が上手く伝わらないようだ。

息子にとって軽めな要求が通ると、一気にエスカレートしてしまうらしい。

昨日は息子とデートした。
近くのファミリーレストランで一緒に過ごした。
それがスイッチになったようで、
その後から、あれがしたい、これがしたい、ああしてほしい、こうしてほしい、
あれがほしい、これがほしい、と要求を一気に出してくる。

してもいい事、出来る事ならOKなのだが、
そのうち、「それはダメ」「そういう事は出来ないよ」の返答になると、
手の平を返したように近づかなくなってしまう。
極端だなぁと思うのだけど、適度な距離感は本当に難しいようだ。
短期間で学ぶ?ような事では無く、
日々の生活の中で身体で学んでいくような種類の事なんだろう。
今はその学びの作業をしているのだろうか。

普段はとても聞き分けが良く、
(そのようにしないと生きてこられなかった)
我侭も言わないので、そういう時のギャップが殊更大きく感じる。

昨日の様子は、こうだ。

レジ横のおもちゃを買って(NG、誕生日とかでないでしょ)
アイスが食べたい(OK)
ジュースが飲みたい(OK)
ラーメンも食べたい(OK、残す)
再びアイスが食べたい(NG、さっき残したから)
チューペットが食べたい(NG、これは次男の分だから)
お菓子を買って(OK)
漫画を買って(OK)
ゲームが欲しい(NG、誕生日とかでないから)
ゲームがしたい(OK、時間制限に泣く)
チューペットが食べたい(NG、次男のだからダメ)

後追い…基本的には何も言わないでいたが、
「トイレの時は向こうに行ってて」で拗ねる。

暑いから氷枕が欲しい(OK)
ジュースが飲みたい(OK)
足が痛いからお薬やって(OK)

食事準備中、「熱いから離れて」で拗ねて別室にこもる。

しばらく放置、こちらも休息。
声を掛けられないので、自らハイハイで部屋から出てくる。
相手にしない。

その後はプッツリと関わらなくなった。
子どもの部屋の片隅にうずくまる。

以前は、子ども部屋に引きこもるのを見ては、
自分はダメだとこちらも凹んでいたが、最近は(あぁまたか)と私も動じなくなった。
要求をどこまで聞いても、エスカレートは止まる所を知らないし、
相手の限度を知ってもらうのも学習だ、と^^;

しばらく後の息子はまた、近くにいるけど遠い場所に行ってしまう。
それを受けて、私もしばし休息と思う。

根性で対応出来る事でも無い、無理な要求ははねつけてしまってOK。
それで子どもが引きこもっても、仕方無いと考える。
続く方法を考えていかないとね。

無理は禁物、って自己弁護。
未分類  コメント(2)   トラックバック(0)  △ page top


::小言を聞かされるのに慣れてない
そもそも小言を言ったり・言われる為には信頼関係が必要だとは思うのだが…。
信頼関係があって、その上でブツブツ言われる事は受け入れられるように思う。

ブツブツ言われたからといって、その関係が壊れる事にはならないし、
ブツブツ言ったからといって、嫌いで言ってる訳でもない。

それが無い関係ではそういう事を言ったり・言われたりは無いから。
いわゆる他人行儀、他人には小言なんて言わないし、言われない。
だからもし他人から小言を言われたら?

それが息子の感じている気持ちに近いのだろう。

息子を見ていると、小言を言われるのが本当に鬱陶しそうだ^^;
確かに言われてうれしい事では無いのだけど、
殊更、それを避けようとしているように見える。

私は確かに鬱陶しい。
細かい奴だ。
そこも変にコダワル部分にだけ汗(だらだら)

例えば、宿題で作文を書かなきゃならない時、
とりあえずやる。
字数を埋める。
それで終わらせないのが私。
それも日によって違う^^;

「もっとキレイな字で書きなよー」
「ここは○○って書いた方が分かりやすいんじゃない?」
「鉛筆ちゃんと削ったのを使わないと」
「マスからはみ出ちゃいかん」

ブツブツ言う。

なので、息子は基本的に叱られないように日々過ごす。
基本的には言われたらすぐにやる、管理するには良い子。
言われなくとも、分かっている事はやる。

「宿題早くやっちゃいなさいよー」
「まだやってないの?」
「部屋が汚いから片付けなさいよー」
「そんなに汚くしているから、しょっちゅうモノを失くすんだよ」

極力そういった事を言われないようにしている。

…が、息子自身本当はそれ程マメな奴では無い^^;
実はとてもだらしなくて、片付けは嫌いで、グズグズしたタイプだと私は見ている。
けど、その素の部分を晒す事が出来ないでいる。

素の部分は随所で見られるのだが、それを隠している。

同じように片付けを言っても、娘などはしたくない時はしない。
何度言ってもしない、なので終いには怒られる。
でも怒られてもしない。
「いい加減にしなさいよー!」となってようやくのそのそと動き出す。
しぶしぶでもやり出したら、以外にもキチンと片付ける。
キッチリ所定の場所にしまわないと気が済まないタイプ。

息子はすぐに「はい」と言って片付けに取り掛かるが、
蓋を開けてみれば、引き出しに押し込んであるだけ。
片付けは苦手らしい。
用途毎に引き出しを替え、文房具の引き出し・本の棚・おもちゃの棚などと教え、
次に使う時に探さなくて便利だよと伝え、一緒に定期的に片付けるのだが、
何日もその状態は続かず、引き出しも棚もぐちゃぐちゃだ^^;
結局、それをまた注意すると種類を分けて片付けをするのだが、
種類を分けてグチャっと入れてあるだけ。

片付けは一つの例だけど、万事そんな調子だ。

言われればすぐに「はい」とやるのだが、それは怒られまいとしてやっているだけ。

怒られたり小言を言われる事が、
当たり前の感覚になっている娘にも困ったもんだが、
怒られまいとしていろいろ先読みしたり、
とりあえず押し込んどけ的な息子にも結局は別な意味でイライラする。

そもそも小言を言われないで済む子どもなんているのかな?

小言当たり前感覚でいる私は、
それを避ける事の方が無理だと思ってしまう。

言われる側になって考えてみると、
鬱陶しいとは思いつつも、全く言われなくなってしまうと
自分に関心を示されてないの?と不満にも感じる。

良い意味での関心も示して欲しいが、
小言のようなダメだしでも無いと若干寂しい。

そう書いてると、私自身が不安を感じ易いタイプなのかもしれない^^;

けれど、私の事を真剣に考えてくれているから、
鬱陶しい事も言ってくれるのよね、
そういう事を言い合える間柄なんだよね、
の、再確認もしつつのようにも無意識に感じている。

後追い状態の息子だが、自分からのアプローチはしても、
こちらから追い掛ける言動には逃げて避けられている。

長くブツブツ書いてしまったが^^;
鬱陶しくても、追い掛け回すよって話。
未分類  コメント(2)   トラックバック(0)  △ page top


::娘も児童相談所に通所
新年度になり、不登校から学校へ通えるようになりました。
新担任と児相担当者との面談を終え、
娘の発達の遅れを説明してきました。

言葉での指示が理解し難い事。
興味があちこちに移りがちで、集中する事が難しい事。
先を読んだ行動が取れない事。

などに対し、

一から十まで指示を明瞭にして欲しい。
注意力散漫になっている時は、今すべき事を伝える。
先を読めずに失敗した時には、
どうすれば良かったかを落ち着いている時に説明。

して頂きたいとお願いしてきました。

家庭での取り組みとして、
娘も児童相談所へ通所しいわゆる『プレイセラピー』をする事となりました。
私と担当者(息子の担当者でもある)と娘とで、
月に一度一時間、遊戯室(おもちゃ部屋)で遊びます。
遊びを通して、スキルを伸ばしていこうという訳です。
先月1回目のプレイでは『シルバニア』を娘は選び、ごっこ遊びをしてきました。
効果の程がわかってくるのには、ある程度の回数が必要なんだと思います。

個性として尊重との考え方も一時期していましたが、
子どもが不得手な部分で、生き難さを感じていくのも見ていて辛いです。
本人が意図しないでも、人に不快感を与えている場面が多々あるので、
そういった部分だけでも考えられるようになれたらいいなぁと思っています。

息子の通所(面談)に娘の通所、
主人と私も息子の面談では多いに話を聞いてもらいと、
我が家はどっぷり時相にお世話になってます。

息子と娘、それぞれに抱える問題は違えど、
自分自身の育てられ方を考えるきっかけを与えられました。

自分が正しいと信じて疑わなかった考え方は、
親から受け継いだ『常識』であったり、世間一般といわれる『常識』でありました。
家庭は連鎖をしていくものだと思うので、
親の有り方をスーパーバイズしてくれる存在との発想が無かった。
根拠も無く、正しさを疑わなかった。

息子の愛着問題も、娘の発達の遅れも、
私の常識では何の解決も出来ずに相談が遅れたら、
虐待なりノイローゼなり、修復つかないところまでいってしまったと思う。

自分の考え方を疑ってみる事。
自分の納得がいく相談先を探し続け、助言を求める事。

どちらも『みっともない事』だと過去には思い、
疑いもせず、相談もせずに日々家に閉じこもっていた。

児童相談所が絶対の助言をくれるとは限らないが…
私の場合は、保健所・保育園・児童相談所・小学校・電話相談などなど
多くのところへ助けを求め、それぞれに親身に相談に乗って頂けました。
大騒ぎして周りに問題だと思っている事を訴え続け、
外部に助言を、助けを求めていく重要さを2人によって教わった気がする。
未分類  コメント(2)   トラックバック(0)  △ page top


::後追い
GW、今頃衣替えにバタバタしてます。
人数が多いので毎回大騒ぎです、
シーズン毎に子ども用の衣類は着られなくなり雑巾用にしてみたり、
布を裂いて鈎針で編み、バスマットを作ってみたりと忙しいsc06

以上、雑談です。

さて、何故か息子が後追いを始めました汗(だらだら)
GWで過ごす時間が増えたからでしょうか?
一日中まとわりついてます。
常に私の移動先についてきます。
朝から晩までなので、かなり疲れています。
そしてずっと喋り続けています、
内容はどうでもいいような事です。

折り紙したいな。
何色の紙にしたらいいかな?ママは何色がいいと思う?
(柔軟剤を見て)それどうして入れるの?
ベランダの植木の水やり、いつも夕方だよね。
ごはんはなあに?
お顔に付けてるのなあに?(化粧水)
その後に付けたのはなあに?(乳液)
爪の色、まだ取れないんだね。(マニキュア)
ねぇママ。
肩叩きしてあげる。(字を書いてるからやめてね)
いつならいいの?もういいよってなったら言ってね。

かなりストレス溜まりますマジですか
朝から晩までこの調子で延々寝るまでぶっ通しです。
終いには娘が怒る。
「何で『ママ』『ママ』ってママにくっついてんのよ!離れてよ!」
床に突っ伏して泣く、赤ちゃん泣きだ(と私が呼んでいる)
少し前にそんな日々だったな。
それも落ち着いたと思っていたら、再びだ。

今日は主人に子どもら連れて公園に1時間程度出掛けてもらった。
一息ついた。
夜は愚痴を話した。
「息子がママに甘えている姿を見るのは、うれしいんだけど…」
と話すのを遮り、
いいから聞いてストレス溜まってんのよ、と。
私の感じているストレスを無理やり共感させ、でしょー?うんうん。
軽減させた。

子どもが懐いているのに何を贅沢な?
そんな視点で考えられたらよいのだけれど、

今はちょっと一人になりたい。
未分類  コメント(1)   トラックバック(0)  △ page top