::残念
先日、下級生へのいじめが発覚しほとぼりも冷めないままに、
セメント次男、次女への暴力もある事が発覚した。

逃げないぞという気持ちが萎えている。

「バレなければ、やっていい」まんま言葉通りの行動。

叩く、蹴る、つねる、無理やり口に食べ物を押し込むなどをしていました。
いつ頃からなのかは分からない。
ただ息子の部屋へ次男らが入っていくと、程無く泣き声がする事が多かった。
「どうした?」に対し、「自分で転んだ」「知らない」などと言っていた。
実際、よく転ぶし見てないところでどこかをぶつけたり、も多い時期なので、
疑う事も特別していなかった。

しかし最近は次男も3歳半になり明瞭な説明は出来なくとも、
「叩かれた」「痛いをされた」「恐い」などと話す事も増えていた。
無理やりモノを奪ったり(次男が)などが原因で叩いたりしたのか?と思い、
「叩いてはいけないよ」「口で言いなさいよ」「相手は小さいんだからね」
などは話していたが、どうも様子がおかしい。
ちょうど下級生へのいじめが発覚したのもあり、注意深く(疑いの目を持って)様子を伺っていた。

そして暴力を振るっている現場を押さえた。

逃げないぞという気持ちと、セメントらを守る気持ちは、相反する気持ちなんです。

兄弟喧嘩という種類のものでは無い。
大人の目の無いところで行われるいじめ。
ずっと大人の目のあるところでは、実に甲斐甲斐しく次男らの世話を焼いていた。
世話を頼んだ時も快く引き受けてくれていた。
むしろ娘の方が「えーイヤだ」と言う事も多く、次男らもそんな娘より、
息子の方に遊んでもらう機会も多かったように思う。

主人と今後について相談をしようと思ったが、
「仕事が大変で話す時間は取れない」
「施設に預ける」
「もしくは実家にやる」
とこれまた予想通りの返答で。

今日は児相に連絡を入れた。
夏休みに入り、終日監視をするのも実際難しい。
しかし、わたしの目の届かないところで幼い子らへの暴力は許せない。
息子の部屋へは行かせないようにしている。
などを伝えると、
「一時的に預かる事も出来るから、いつでも言ってくれ」との事。
一時保護所・児童養護施設で、という事だ。

それをしないが為にやってきた。
今月で引き取りをしてちょうど1年。
1年前「お家がいい」と泣いて外泊から施設への帰院を拒んだ。
施設の職員らが「そういう訳にはいかない」と自宅へ説得・迎えに来たのを追い帰し、
児相の担当者、施設長を説得しそのまま家へ戻した。
その時の事を思い返すと…残念無念、何とも言えない気分だ。

いつもいつも距離感うんぬんとボヤキ、
前進してるのか後退してるのかも分からない中、
息子のとっている行動(バレなきゃやる)に怒り心頭。
どこまで(という程の時間経過では無いが)いっても徒労に終わるように思える。

そして更にセメントらへの暴力と。

幼い子らを守る為に、どんな方法があるのか。
投げ出したい気持ちを抑えつつ、現状顔をまともに見られない。
食事の用意だけで目一杯。

どうしてこうも気を削ぐ事をし続けるのか。
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::いじめ
4月からずっと下級生にいじめをしていた事が発覚しました。

2人が通っている小学校は以前、娘へのいじめに対しても、

「いじめをした側の親御さんには、その事実を言わない」
「よほどの事で無い限りは言わない」
「言う事によって、親御さんがいじめをされた側に、
『その程度の事で、いちいち…』となる可能性もあるから」

そんなスタンスだったので、今回加害を加えた側であるのだが、
その事実をわたしが知ったのは完全に手遅れ。

その下級生の男の子は同じ分団で登校していた。
今回わたしがいじめを知る事になったのは、
その分団が二つに分かれて登校をする事になりました。
という話を聞き、分かれた理由を学校に問い合わせをしたから。

「実は息子さん(小4)が下級生の男の子(小1)に執拗ないじめをしていたからなんです」
「下級生の担任から息子さんへ注意はさせてもらったんですが」
「それでもいじめをやめない事を心配されたお母様から、そのような要望がありました」

何故もっと早くに知らせてもらえなかったのか。

男の子に対して、そのご家族みんなに対して申し訳無い。
1年生にとって4年生の子にいじめられる事はどれだけ恐かっただろうか。
昨日その事実を知り、取り急ぎ謝罪に行った。
お母さんからの話は、

「からかいが執拗にあった」
「泣いてもやめなかった」
「追い掛け回され、道路に飛び出す事もあり危険だった」
「ドアを反対側から押さえて開けられないようにされた」

「要するに一緒に行かせる事は恐い」

そうだろう、本当にそうだろう。
わたしがされる側であれば当然そう思う。
週末に主人と本人とで改めて謝罪に行く事を伝えてきた。

ここまで(分団を分ける)の事になっているのに、
息子本人からは何の話も無かった。
言えば怒られる事なので、言い難い事は分かるのだが、
担任・分団の先生・下級生の担任、皆から注意を受けているのに。

ますます、大人の前で見せる顔とそうでない顔との二面性がひどい。

当然主人にはその事実を話し、昨夜は息子を厳しく叱ってもらった。
息子はただただパニックになっていた。
多分、何故怒られているのか理解は出来ていない。
主人からの怒りを回避する事に必死だ。

それ以前に「居場所は無い」と言われた人の言葉なんて聞く気が無いのだろうな。

けれども、わたしの話だって聞くわけじゃない。
わたしの目がある時だけ『聴くフリ』に過ぎない。

そういう時期に突入したんだなと感じる。

力や恐怖で押さえつける事では無い事は分かる。
そんな方法では本人が力を付けてこれば使えない。
主人は「俺が怒る役をやるからぞーうさんは、
『息子はそんな事を本当はする子じゃないよね』と、伝えてやって欲しい」と。

何か甘くないか?その発想は。

甘いと言うか、何と言うか…
それはベース(土台)のある子の場合、だと思う。

母親からの『それでもあなたを信じているよ』のメッセージは、
子どもからの母親に対しての信頼もあって初めて通じるものだと思うから。

人を信頼する・信じる、だからその人を傷つけたくないから、
何かをする。もしくは自制する。
そこが無い息子はその場限りの行動になっている事をずっと伝えているのに。

基本刹那的なのだ。
だから「バレなければやってもいい」という発想。

基本のところを考えないと…とのわたしの話に、
「基本が無いから、俺の提案はやっても無駄と言う事か?」と。
イヤ、そういう話では無い、分かってないんだね、という意味。

明らかに新たな局面になってきた、確実にそう実感している。

愛着障害…という一つの側面なんだろうか。
ただ単に、育てられたように育っているという事か。
男の子であるので、力をつけていけば当然その力を利用するのだろう。
反撃に出ているのだろうか。

いろいろな推測をしていても仕方が無い。

迷惑を掛けたり、人を傷つけた事に対してはまずは謝罪。
引き続き、児相・ネットの情報を集めて一つずつ対処していくしかない。

いつも距離感に関して、どこまでいってもその距離は近づかないとぼやいているが、
そういった想いを持ちつつ、こういった問題があった時に寄り添うという困難さ。

そういうわたしの想いも理解されたい。

破れかぶれの9歳、
仕事に逃げる父親、
距離感にいつもやる気を削がれる継母。

でも逃げないぞ。
どうやっていくのかはいつも模索だけど、逃げないぞ。
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::どこか施設にでも…
「バレなければやっていい」
息子が昨日言った言葉。

人目のあるところだけでの『良い子』が最近顕著になってきている。

あれだと思う。
父親の「ココにはお前の居場所は無いんだ」からそういう行動が目立つ。
多分そうだ。

約束事や禁止事項、ことごとく破る。
人目のあるところでは守る。
…が、人目が無くなると途端に破る。

破られた約束事・禁止事項に関して「何故約束を守らない?」
のわたしの問いに対して冒頭の「バレなければやっていい」である。

成長の一過程なのか?破れかぶれなのか?

守りたくない約束事、
聞きたくない禁止事項もあるとは思う。
けれども、それでは共同生活に支障が出てくる。

ついうっかり、とは違う。
明らかに故意に守らない(破っている)
そしてその自覚もある。

今迄、何故その約束を守らなければいけないのか等を説明し、
本人も納得をしているハズなのだが、人目が無くなると守らない。

善意に解釈するならば、
『良い子』をしていなくとも、受け入れられていると感じ、
『良い子』をする意味が無くなったのだろうか?

イヤイヤ、それは都合の良い無理な解釈だ。

多分、破れかぶれだろう。

「ココにお前の居場所は無い」
そう父親に言われ、『良い子』をしている事がバカらしくなったんだろう。

そう思わないでいられない程の急激な変化に、
昨夜主人と息子の少し先の将来について話を振ってみた。
「このままでいくといわゆる『反社会的』な事をし出すのでは無いか」
「『バレなければやっていい』という考え方をしている」
「そうなってから、あわてて対処していては遅いのでは無いか」

「もうずっと前からそうなると俺は感じていた」
「そうなったらどこかの施設に入れるくらいしかないだろ」

相変わらずのガックリ発言であった。
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::毅然とした態度
ここまではOK。
これ以上はNG。

そういった加減が上手く呑み込めなくて難儀する事が多い。
極端なまでに顔色を伺う面がインパクトあるので、
場の空気を読めそうなものだという意識がこちらもある。

一貫してダメなものはダメだと伝えているのに、
要求が止まらなくなる時がある。
これは退行のようなものなのだろうか?

パターンとしては大体いつも「○○してもいい?」に対して「いいよ」から始まる。

「じゃあ△△もいい?」
「□□もしたいー」
「●●が欲しい」
「△□もやりたい」

内容は食事前にお菓子を食べたいだったり、
ゲームをもっとさせろ、門限過ぎてるのに遊びに行く、もっと食べさせろなど。
うちの決まり事を破る内容を要求したり、

不快に感じるようなスキンシップをしてきたり。
(料理中に身体をずっと手でさするなど)

正直、要求を出せる事は良い事だとは思うのだけど、そうなると度が過ぎる。
こちらの態度は一貫させるように、と考えNG!とするのだけど、
そうすると又すぐにオドオドした態度を取ったり、部屋に引きこもる。

そこで「オドオドする必要は無い、してはいけないから『ダメ』だと言っている」や
「思いが通らないからと言って部屋に閉じこもる事はやめなさい」と言っている。
要するにあなたを否定しているのでは無く、あなたの行動をダメだと伝える。

こういった部分だけを見ると、2-3歳のセメントらの方がよっぽどあっさりしているし、
呑み込みも良く感じる。
最初は繰り返し教える必要はあるが、ダメと普段言われている事はしなくなってきた。
いくらわたしの機嫌が良かろうが何だろうが、ダメはダメと理解している。
又、要求が通らなかった時拗ねたりはするけども、それも僅かな時間。
ほんの数秒〜程度はゴネルが程無く諦める。
もちろん最初からそんな風だった訳ではない。
何度かの繰り返しの学習の結果か。

息子もその学習の機会は現在多くあるが、そこだけは学べない。

小さい時期に教えられてきていたら、違ったのだろうか。
普段の聞き分けの良さを見ているとそう思えてならない。

ここも『距離感』
どれだけ近い存在の人だからと言って、何でもかんでも要求は通らない。
一つ要求を聞いてくれたからと言って、何もかも聞いてもらえる訳じゃない。
そんな簡単に思える部分が成長してこれてない。
今の年齢でこれらを学ぶのは難しいのか。

毎回のように「ダメ」の後、極端に顔色を伺ったり、
部屋に閉じこもり虚無感を出している息子を見ていると、
毅然とした態度を一貫させていていいのか少し迷う時がある。

曖昧な態度を取るよりはいいと思うのだけど、
…しかし、実際のところどうなんだろう。
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::雑談(オカヤドカリ)
ちょっと雑談です。

息子と次男、とても興味を持っていた『オカヤドカリ』を購入してきました。
学校から帰った時の反応はいかにぅは


※携帯で写真撮るの下手。
オカヤドカリ01


子どもらにカコつけて、生き物を飼うのが好きなのは実はわたしカツオ
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::その気になるんだよ、そういう事を言われると。
生き別れになった親子などを再会させる、
いわゆる『ご対面番組』を先日見た、息子とデートの最中車中で。

涙・涙のご対面とかするのだけど、わたしはこの手の番組が嫌いだ。
と言うか、嫌いになった。
親に幻想を抱いていた頃は、泣きながら見てたりしたのだが。

「手放してから一度も思い出さない日は無い」
だったら連絡くらい寄こしなさいよ。
「泣く泣く手放した」
手放さない方法を放棄したんでしょ。

などと言うゴタクを聞くと、最近は虫唾が走るのだ。
(↑上の文は父親に捨てられてしまったわたしの気持ちデス)
(そしても一つ、息子を捨てた実母に対して)
※きちんと子どもに対して責任を果たしている上での別離は違う。

さて、わたしの気持ちは置いといて、
その番組を見ていた成り行き上?息子といろいろ話す機会となった。
息子の中での実母の記憶は非常に曖昧だ。
けれども、不適切に扱われた記憶は極端に鮮明。
要するに放置された事や虐待を受けた事実。

「俺はママの子どもになったんだよね?」
「うん、そうだよ」
「…」
「ママのお腹から産まれたんじゃないけど、ママの子どもだよ」
(これは告知にあたるのか?)
「うん」

「俺は前のお母さんより、ママがいい」
「本当、うれしいねぇ」

その後は様々な事情で一緒に暮らせない親子が居る事。
親が死んでしまう事。
そんな事について、持論をカマせつつ目的地の雑貨屋に着いた。

先の記事とは真逆な事を書いてる気がするが…
こういう2人きりの時は、非常に饒舌で素直な気持ちを話してくれるように感じる。
実際「俺は実娘がいいなぁと思ってる、だってママに何でも言えるから」と。
「俺はママと2人の時じゃないと、何だか話せない」
「それにあんまりママに話し掛け過ぎると実娘に怒られるし^^;」
だそうだ。

「どうして2人の時じゃないと話せない?」
「何か分からないけど、恥ずかしいんだ」

浮き沈みの激しい事を書いてるが、
これらの会話はとてもわたしを有頂天にさせた。

それは素になれるって解釈でOK?
安心して本音を言える場?

他の人がその場に居ると、また極端に全ての人の顔色を伺うから、
言う事が違ってくる。
だから結局何が本当なの?って憤りを感じる。

わたしもコントロールをする対象の一人なのかって。

まぁまぁ、変な勘ぐりはやめよう。
まずは安心出来る環境を、って段階なんだろうな。
どうもいつもわたしは先を急ぎ過ぎる傾向だ。

今、どの段階で、今後の見通しは?
暗中模索は嫌い。
小さなゴールがその都度目前に見えればいいのに。

段取り好きなわたしにとっては、
果てない先の目標に向かってコツコツは苦手なのだ。
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::黙り込む
質問された時、答えない(答えられない)事が多い。
だから黙る。

答えはあるのか?
それとも無いから答えられないのか?
わたしの見解は、問うた相手の望む答えを推測しようとしているから。

先日の父ちゃん爆発事件で息子が「家がいい、ママと一緒がいい」
と言った事に対して、後日息子に祖母が尋ねた。
自分の気持ちを正直に話せるよう、あれこれ促しながら…。
そして多分、その答えをわたしに聞かせようとして。

「〜前略、大変だったね。
イヤな思いをしたね、ところでどうしてお家が良かったのかな?」
「…」数分経過。
「じゃあ、どうしてお父さんと一緒に行くのはイヤだったの?」
「嫌いだから」
「そうか、どういうところが嫌いなのかな?」
「…」
「お父さんに言わないから、正直に言ってごらん」
「嫌いじゃない」
(お父さんに言われると思ったようだ)
「嫌いじゃないの?じゃあ一緒に行かなかったのはどうして?」
「…」
「質問を変えようか、お母さんのどこが好き?」
「…」数分経過。
「何でもいいんだよ」
「…可愛いから」
「は?(苦笑)」
「あ・えっと…そうじゃなくて、…」(しどろもどろ)

ここで、わたしがストップをかけた。
「どう答えていいか分かんないんだよ、もういいんじゃないの」

可愛いと言われて悪い気はしないが、んーそうじゃないんだよね。

祖母もあきらめずずっとそんな感じのやり取りが続いたが、
最後にはもういいよになって終わり。
結局、答えは出ず。
導き出したい返答(?)は出ずじまい。
やり取りの最中から祖母もちょっとイラつきぎみなのが見て取れた^^;

きっとごく単純に「ママが好きだから〜」みたいな返事を望んでいたのだろう。
うーん、残念。
まだまだ息子を分かっていないね。

祖母は祖母で、娘であるわたしの報われなさが納得いかない感じ。
というか、わたしだって納得いかないんだよ。
そして流石わたしを育てた親である、わたしが囚われ続けている、
『子どもって○○ってものでしょ?!』がやはり強い。

子どもって素直に気持ちを言うんでしょ?
子どもってママが大好きなんでしょ?
子どもって親と一緒に居たがるものでしょ?
子どもだったら…

だよねぇ^^;
それがあるからわたしも理解出来なかった。
今だって、理解出来たとは言い難い。
理解しようとモガイテル。

そういうものを期待してはいけないのだよ。
期待すればしただけ、裏切られ感や虚しさで意欲が失せるから。
なんて母に話しながら、自戒しつつ。

でもやっぱり虚しいわ。
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::喧嘩のその後…
先々週、主人との喧嘩があったがその後を少し。

その後一週間、こちらからは口を聞かずに過ごした。

主人は勢いで家を出たが、結局仕事に差し障るので翌日には戻った。
わたしはメールを使い、何度か主人にこのままの状態でいるのは、
継子との生活において非常に問題となる、と訴えた。
が、しかしそれらのメールはことごとく無視をされ、
帰宅後は目も合わさずただ寝るだけの生活をしていた。
わたしはその態度に腹を立て、主人の食事作りも拒否。

児相にもヘルプの電話をした。
「こういう状態が続くと、継子に対して嫌悪感が増幅してしまう」と。
それに対して「すぐお父さんに連絡を取り、私から話をしてみます」と応えてくれた。
そして、すぐに連絡を入れてくれたらしいのだが…
結局主人からのレスは無かった。

この人は一体何を考えているんだろう?
疑問や怒りや、何ともドロドロした感情に支配され続け、
でも、目の前には「ママ、ママ」と話掛けてくる息子。
もうギリギリの気持ちで一週間を実は過ごしてきた。

こういう根比べ的な勝負になると、俄然わたしは弱いのだ。
何故なら、主人も息子と同様人を追わないから。
話掛けられなければ、話さない。
食事の用意がしてなければ、自分でするだけ。

そして相変わらずの終結、結局はこちらから話し掛ける。
すると主人は、
「だって話掛けるなって言ったじゃない」
「具合でも悪いのかと思って」
だそうだ…^^;

いい加減、笑える。

怒り狂っている頃は言葉通り『怒り心頭』なんだが、
根比べも何の意味も無い事をいい加減悟り、するとバカバカしくなってくる。

どんなアピールも構って攻撃も通用しないから。

息子がこのまんま大きくなったら、主人のようになるのか?
なんて嫌味な事を思ったりした。
(半分、本気)

児相の担当者から「子どもが2人になるって事だよ?やれる?」って、
確か施設から引き取る時に念押しされたっけ。

忘れていたわ。

やっぱりうちの場合、主人にわたしのパートナーを、
また実親としての役割を求めるのは無理なんだわ。

と言う事で、一昨日からノーマルに戻し主人に接しているのだが、
ニコニコご機嫌そうにしている。
「足が痛い」としばらく言っていたのだが、
昨夜は「足が急に軽くなったんだよ♪」と。
「わたしが呪いをずっと掛けていたんだよ」と言うと、
「そうだったのかー^m^呪いを解いてくれてありがとう」と。
いやはやすこぶるご機嫌だ、喋る喋る。

「ママ、ママ」とまとわりついてくる息子と変わんないじゃんね。

一人相撲は虚しかった。
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::では、『理解と協力』とは?
よくステップの話の中で『パートナーの理解と協力』と言われるが、
具体的にはどこを理解して、どう協力して欲しいのかについて少し。

わたしの場合、実継母であるが継母視点で書いてみます。

前の日記で、継母を取り囲む実親や義親の…と書いたが、
大体は実親とのそれが一番大きいのでは無いか。
しかし、
みみすけさんの日記を読ませて頂き、
(すいません、ご紹介させて下さいね@みみすけさん)
義母がその偏見を持っている場合も多いのだろうなと…。
うちの場合は義母が遠方に住んでいる為、現在はほとんど接点が無いが、
近隣に住んでいたり、もしくは同居などをされているステップの方は想像するだけでも、
寝込みたくなりそうな気がする。

さて、うちの場合実親に望む事。

その1: 一点だけを見て、全てを想像だけで(偏見に基づいた)把握しないで欲しい。
適切で無い、もしくは実親の希望する関わり方をしてないなどの、
そういう場面を見るや否や、全否定をしないで欲しいのだ。
日々の生活全てを実親と言えども、仕事に行っていれば見ていない。
たまたま週末などの在宅時に見たそれを持って、全てを悪く捉えないでもらいたい。
今までの事を考えると、大体そういう事で喧嘩になってきている。
実親として、望むような関わり方をしていないのを見ると、
辛いのは分かる。
けれど、トータルで見て欲しい。
実子であれ、いつもいつも子どもの視点に立った関わりが出来ているわけではない。
多分、根本に受け入れられていないという見方をしているので、
マイナスに見える場面を見ると、「やっぱりな」という話に一気になってしまう。

あくまで、その場だけの事として欲しい。
変な勘ぐりは不要である。

その2: 我が子に対しての不満を継母から聞かされた時、嫌いだからだろ?
という眼鏡を外して話そのものを聞いて欲しい。
継子の話をする際、どれだけ言葉を選ぼうと言い方に気をつけようと、
結局は継母だから継子を受け入れられないんだろう、という見方に終始してしまう。
そういう見方で聞いているもんだから、庇いの姿勢で話を聞かれてしまうと、
問題の焦点がズレまくる。
わたしの気持ちより何より、継子が不憫だ可哀想だ、で話が出来ない。
継子のとある部分的な問題について話をしているつもりが、
庇う事に終始されているうちに、どんどんこちらも問題点を訴える事より、
継子への否定的な言葉が出始める。
すると、後述は既に不要だろう^^;
もう後は何が何だかこちらもあちらもわからなくなり、
ただ売り言葉に買い言葉になって後味が悪くなるだけだ。

どうか、継子への愚痴は継子全否定では無い聞き方をして欲しい。
そして不満に感じているところに口先だけでも共感して欲しい。
共感してもらえると、実親はこっち側の人だとうれしい。

共感してもらえないと、実親は継子側の人だと疎外感一杯になるから。

とりあえず、今のところ上記2点をお願いしたい。

誰も、継子を嫌いになってやろうなんて思っていない。
仲良くやっていけたらと思っている。

誰かを憎んだり恨んだりしながらの生活は、本当に苦しい。
怒りや不安に囚われた日々は生きてる心地がしないから。

我々継母も頑張るから、実親や義親さんも先を見通した対応をして下さい。
実親だけ義親さんだけが子どもを守るのでは無く、
継母も含めた継子に関わる大人全員が子どもにとって、
良い関わり方を出来る方法を考えていけたらいいのだと思う。
更に言わせてもらうなら、
その関わる大人の中で、一番密接に関わる継母の気持ちに寄り添ってもらえたら。
それが継子を守る一番の近道では無いだろうか。


※みみすけさん、もうすぐご出産ですね♪頑張って下さい。
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