::困難な状況に陥ったとき。
考え方の癖を、検討してみる。
来週の帰宅を前に心理や医学の書籍から参考になったポイントを自分のものにしたいと思っている。

その前に少し…。

先週、レイさんの記事で紹介されていた番組を見た。

2007年11月26日(月) 午後10時〜10時49分 総合テレビ
にっぽん家族の肖像 
第6集 僕の家族
〜里親・里子の12年〜


番組の中、息子さんが「おかあさんに生んでほしかった」と泣いて話していた。

ただ胸が痛む。
ストレートなその表現に突き刺された。

生んでほしかったなどと、考えた事などわたしには無い。
当然の如く、母がいて父がいて、それが日常であった。
誰から生まれたのか、そのルーツを考える事も無い。

何度か記事に書いてきた、友人が最近精神病院に入院した。
彼女も母との基本的な関係が未構築であった。
大人になっても尚、思春期のような逸脱行動を繰り返し、
ODをし、依存傾向がとても強く、周りから手に負えないと判断された。
わたしのところにも頼ってきたが、要求がエスカレートし聞き入れられる限度を超えてしまった。
助けてあげたい気持ちと相反し、腹立たしくもあった。
周りを巻き込み、暴れ、我儘を言い、自分に注目を集めようとする。
これは中途半端な愛着がある故の言動なんだと思った。
誰かに助けてもらおうと考えている。
自らが考え、生活や身体をコントロールしていきたいという発想を持たなければ今後も彼女は母親を恨み、人のせいにしていくのだと思う。
なので今回は彼女を突き放した。
(精神病院から恨みつらみを書き綴った手紙がきたが、仕方あるまい)

そんな彼女の事、又自分自身で学んでいるところからいろいろと考えさせれた。

困難な、自分の手に負えない状況に立たされた時、次の思考として『なぜ・どうして?』と考える。
原因を追求したいと思う。
原因が分かればそれに対して対処法が出てくると思うから。

現実のわたしにあてはめれば、息子が理解できない言動をとった時これに陥る。
『なぜ・どうして』の理由は、養育環境。
では、『原因』は実母・実父か。

要するに責任をどこかに押し付け、自分のせいではないとまず落ち着こうとする。

しかし気持ちが落ち着いたところで息子の言動は腹が立つ。
それに対して、その挑発に乗ってしまう自分を正当化しようとする。
『なぜ・どうして』の養育環境には同情的な自分がいるが、
『原因』である実母・実父に関しては無責任だと感じてしまう。
更に、その無責任を働いた人らが責任を取らず、
自分が尻拭い的な事をさせられていると被害者のような意識まで出てくる。

これが厄介。

ある程度までは冷静な自分でいられるが、許容を超えた時、
その『なぜ・どうして』と『原因』探しに躍起になってしまう癖がある。
そして原因の一因である実父(主人)に対して、

「してやってあげている」
「感謝されて当然」
「一番大変なのはわたし」

という意識が溢れ出てきてしまうのを抑えられなくなっていく。
けれど、最終的には自分の問題なのだ。

友人がいつまでも「母親のせい」と言い、同じ場所で延々恨み言を言い続けてもどうしようもない。
同様にわたしがいつまでも「実母のせい」と文句を言っていても仕方が無い。

彼女に「母親を見切れ」「自分自身の未来を考えろ」と言い続けたが、
よく人の事は言えたもんだ(苦笑)
わたしがそうすべきである。
「実母は見切れ」「自分達家族の未来を考えろ」だ。
腹立たしい事がある度に、だれのせい?原因は?ではなく、
わたしはどうしたいのか?どうなりたいのか?

過去の自分が基盤となってあらゆる発想や考えに繋がっている。
それを未来に繋げる。
それまでのやり方、考え方を大きく転換させる事には勇気が必要。
基本的な決まったパターンを継続する事が安心感にも繋がるから。

息子の為、なんてキレイ事では無く、
自分自身の為にその転換をしていけたら未来は全く違ったものになるだろう。
しいてはそれが皆に良いものである事は想像に易い。

そこに留まるのも自分の自由意思。
留まらないのも自分の意思。

わたしは自分が変わりたいと考えた。
留まらない選択をしたい。
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::オーバーワークです
今回は保健所で懇意にして下さってる保健師さんにも相談をした。
保健師さんとの会話で時々里親さんの話を聞いていたので、里親さんに相談に乗ってもらう事は可能か打診をしてもらえないかと。

しかし、児相と同様断られてしまった。

あくまでも児相を介して相談して欲しい。
直接相談に乗ってもらうよう紹介は出来ない。

こういう内容で相談したい人がいるというだけでも伝えてもらえないか?
にも、「無理です」だった。
個人情報の問題もあるので、連絡先を教えて欲しいとはもちろん言わず、
こちらの連絡先を伝えてもらいたい、にも「無理です」だった。

今回の「ちょっと預かって」「手助けをして欲しい」に対してわたしなりに相談を持ちかけたところは今のところ全滅。
我ながらよい方法を思いついた、なんて思っていたのだが甘かったようだ。

子どもの養育は家庭のみで。
それが不可能なら親類など親戚血縁。
それも無理なら養護施設へ。

そういう方法しか通常はとれないという事を実際動いてみて感じた。

自分が病気になった時、もしくは死んでしまい子どもの養育が出来なくなったら?
親戚縁者に養育が頼めなかったら?
子どもは養護施設で育つしか方法は無いのだな。

わたし自身、息子の事が無かったら児童養護施設の事など何も知らなかった。
親の居ない子ども達が和気あいあいと暮らしているだけだと思っていた。
今、自分が当事者となり自分が子どもを養育出来ない状況になったらと考えると恐い。

わたしには姉妹がいるが、お互いにもしもの事があった時それぞれの子ども達を託せるか?
もしそんな事があれば当然そう申し出ると思う。
しかし、それまで自分が育ててきていない子どもを育てる事の困難さが分かった今、
それは余りにも安易な考えかもしれないと思う。
姪や甥は近い存在だけれども、一緒の生活となればきっと多くの問題が生じるだろう。
それまで姪や甥として接してきた子が我が子となる。
それもきっとステップファミリーと同様に当事者になってみて初めてわかる多くの葛藤があるに違いない。

人間関係が希薄になってきている今、自分は病気や事故で死なないと過信している事に気がつく事すら無かったように思う。
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::帰宅へ※訂正
さて、まずは一旦息子の帰宅が決まりました。

「困った時にはいつでも預かるからね」の児相の言葉を当てにして、
一時保護をお願いしましたが、児相サイドは施設委託を進めてしまいました。
自宅での養育は不可能だと判断されてしまったようです。
実際、困難は承知の上で自宅養育を念頭に置いて相談してきたつもりでしたが、
一時保護という選択をしてしまった為、主導権が児相になってしまいました。

困った時の「ちょっと預かって」が依頼出来る里親さんに協力をして欲しい、
のこちらの提案は却下され、ならば児相の言う「学生ボランティア」さんの協力をお願いしたいという事で、
なんとか帰宅を承諾してもらった格好になります。

学生ボランティアさんに不満がある訳では無いのですが、
経験豊かな里親さんの力添えが欲しいと思っています。

しかし、児相の考えとしては学生さんが学ぶ為に、
又、あくまで児相が責任を取れる範囲でないとならないようです。

責任問題が一番に問われるところなのだと改めて感じました。

施設措置が一番児相としてはリスクが少ないのでしょうか。
やり取りの中でそれを非常に感じました。
又、「気軽に保護所を利用して…」も今後は期待出来ないです。

帰宅後は、児相の言う学生ボランティアさんに定期的な訪問と遊びをしてもらう事になります。
しばらくはおとなしく指示に従います。

児相を介さず、ヘルプがお願い出来る人(機関)を探したいと思っています。
今までは孤軍奮闘、家庭の中で一人だけこの問題に取り組んできました。
その方法は間違っていました。
力不足は前提として、養育する子どもが他にもいる事、主人の協力、
それらを無視して進めるには無理があり過ぎました。

又、我が家以外で育てるという事も再検討しています。
息子に一対一で向き合う事が出来る環境が我が家では困難です。
それが出来る人を探す事も考えるという事になります。

それが祖父母のところなのか、親戚のところなのか、もしくは里親さんにお願い出来るのか。

足りないところを補うという考えを持ちたいです。

以前はそれをする事=放棄だとしか考えていませんでしたが、
出来ない事は手助けをしてもらう。
そう考え、手助けを得る為に方々に相談に乗ってもらっています。

今やれない事が今後もやれないとは限らない。
現状、実子・幼いセメント兄妹ら3人いる中で息子を養育する事。
主人がいま一つ乗り気では無く、むしろあきらめの気持ちでいる事。
その状況が変化する過程の中、息子を養育する仲間を探せたらいいな、と。

今はそんな状況です。

帰宅は来週末か再来週末だと決まりました。

面談と合わせて息子に面会をしてきました。
担当者からの提案で「トランプ」をやらされました(苦笑)
(何故トランプなのか不明)

主人も交えて七並べやババ抜きをしてきました。
帰りには名残惜しそうに手を振っていました。

後日児相から連絡があり、
「あんなに名残惜しそうにする息子くんを初めて見ました」
「お母さん、お父さんの考えを覆す努力をありがとうね」

ごめんなさい、実は覆していません。
『覆した振りをした』だけです、そのように主人にお願いしただけです。
自宅以外での養育を検討するから、の条件付きで。


「本当にありがとう」
と、おっしゃってくれました。
ちょっとした行き違いから不信感を抱いてしまった自分を反省しました。
何でもかんでも施設に入れるのか?
なんて思ってしまったが、子どもにとっては家庭が一番だとは分かり切ってる。
でも、それでお母さん含め他の子が辛い思いをするのなら…という気持ちが電話から伝わりました。
ある意味、担当者としても苦肉の策なのかなと。

児相も含め、多くの手助けを得られるよう相談していきます。

まだ結論の話ではありませんが、近況でした。

※goemonさん、「子ぎつねヘレン」見ました。
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大沢たかお、松雪泰子 他 (2006/08/30)


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わたしは母親を呼ぶ時に出す声を出した場面、胸が詰まりました。
3歳の息子も最後まで集中して見ていました。
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::固執
児相は子どもを守る機関。
子どもを守る為に、家族関係の調整をする。

何故だろう、最近児相に対して不信感が募る。

わたしが家庭で育てる為の案を提示しても、「でもね」が多い。

「でもね、施設に入所した子で『あんな仮面家族な家、早く出たかった』と言う子も居たよ」
「でもね、家庭で育つのが一番だけどそれが出来る子ばかりじゃない」
「でもね、それを乗り越えて生きていく中で本人があの時の選択は正しかったとしていけるし、我々もそうサポートをしていくのだから」

様々な問題や衝突はあるけれど、
家庭で子どもを育てていきたいというわたしの考えは、
ただの意地やその考えに固執しているだけなのかと考えさせられる。

わたしの従兄は自殺をした。
従兄の家は今で言うステップファミリーだった。
その親戚とは疎遠になっていたので、直接会ったり話したりは無い。
自殺をしたというのも人づてに聞いて知った。

なので詳細はほとんどわからない。
話に尾ひれがたくさんついているだろうと想像は出来るが。

従兄の実母は病気で亡くなり、父親は再婚。
継母が家にきた。
父親は子どもより継母を大切にした。
けれど、継母は継子である従兄に食事を食べさせなかったり外に放り出したりしていた。
従兄には妹が居たが、早々に家を出て結婚をした。
従兄は継母の居る自宅に留まり、
そのうち「俺がここを出たら継母にこの家を乗っ取られる」などと言っていたらしい。
(ノイローゼのような状態だったとの話)
そしてそのまま結婚せず家を出ないまま30代後半で自殺した。

大まかに聞いた話は以上だった。
上の話も継母の立場で聞くと既に多くの偏見を感じる。
実母であっても食事抜き!や外に放り出すはあっただろうにと。

児相担当者から「家庭で育てる事だけにこだわらなくてもいい」と言われた時、
しばらくの後、この従兄の話を思い出した。
現在とは違い児相の敷居が高く相談出来なかったのだろうか。
もし相談出来て、仮に施設で育つ事になったらどうだったのか。

実際、家庭の環境と自殺の因果関係なんて分からない。
全く別な理由があったのかもしれないが、そんな時継母という存在は非常に便利な存在だ。

継母であった伯母さんは偏見によってある事ない事言われていたのだろうか。
実父は従兄の事をどのように見ていたのだろうか。
従兄が何を思っていたのか分からない。
幼い頃に遊んだ記憶が微かにあるだけ。

今わたしが正しいと信じている道(方法)が主人にも児相にも「そうでない」と言われている。
世間に何と言われようとも主人や担当者が味方なら何の問題もなく邁進できそうな気がするが、
一番力になって欲しい人たちから「それはやめろ」と言われ続けてる。

こんなのおかしい。
…と思っていたが、いい加減わたしの方がおかしいのかと思えてくる。

弱音でした。
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::責任の所在
煮詰まった時、悪循環になりそうな時、
一昔前、子育てを地域でしていた頃には近所同士子どもを預けたり、
愚痴を聞いたり話したり出来たのかな。

地域のコミュニティーセンターなどでは、
保健所などが開催する『子育てサロン』なるものはある。
保健師さんに薦められて足を運んでみた事もある。

狭い部屋に大勢のママと子ども達がひしめきあってる印象だった。
離乳食の話、仕上げ磨き、哺乳便の消毒はいつまで?、
寝ぐずり対策、後は旦那さんの話だったか。

「うちは愛着障害で…」なんて誰にも話せず、愛想笑いをし疲れて帰ってきた覚えがある。
「何それー?」の説明するのも気力無くして面倒だ。

育児の責任が母親一人に過重されているように感じる。
それを支えるのはお父さん一人?
それとも友人、祖母?
もしくは育児相談?

昨夜も今後について話を主人に振ってみたが、
「寝不足にさせて運転中に事故って死ねと言うのか」と、とりつくしまもない。

ネットで初めて「うちは愛着の土台が不完全で…」という話が出来た。
現実社会でそんな話を聞いてくれるのは、児相しかない。
今回、煮詰まりそうな時に「ちょっと預かって」が出来る先が欲しいと相談したが、
児相サイドは=「児童養護施設」しか考えに無いようだった。
里親さんに時々力を貸してもらえないだろうか?と相談してみたが、
児相としては里親さんと連携して、とは全く考えられないようだ。

児童養護施設に預けた上で里親さんに週末などをお願いするものです。

本人がそれを希望しない場合だってある。

面談(テスト)の結果、施設措置が最適だと判断するかもしれない。

…聞いていると施設措置以外に考えていないように感じる。
処遇の会議でそう目途が決まっているのか。

「いつでも気軽に保護所を活用して下されば…」
これではちっとも気軽じゃない。
いつも非常に力になってくれている担当者だけど、
これは仕事の立場上『責任の所在』という話なのだろうか。
(などと勝手に勘ぐってみる)

今まで、友人・身内・シッターさんなどに子どもを預けた事はある。
けれど、ほとんどのケースで人間関係が悪くなってしまった。
友人は息子を預かった後、「この子を養子に欲しい」と言い出した。
身内の場合、幼い子への暴力があった。
シッターさんの時は、二面性を知らない故に「可哀想に…」と泣かれた。

説明を必死にしてみるのだが、中々理解されない。
子どもがそんな訳は無いと信じて疑わない。
そのうち、誰かに預ける事が嫌になった。
すごく慣れなれしくされた人は「愛情不足なのね、可哀想に」「やはり継母だから」と落としていく。
慕う息子に使命感を感じるのか「私が母親代わりになってあげたい」と変化していく様を見た。

一時期、児相から『学生ボランティア』の派遣を提案されたが、
同様な事が起こりうるのではと危惧し、断った経緯もある。

里親さんなら。

息子の特徴(心の癖)を理解してくれるのかもしれない。
コメントを書いて下さった里親さんの言葉に目の前が開けた思いがした。

方法は一つだけじゃない。
継続した関わりは持ちつづけたい。
その為に時々助けてくれる人を探したいと考えている。
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