::悔しい
しばらく体調の悪い日々でした。
風邪が治りきらないうちに次の風邪になったりと…。

まず結論から先に、
息子は義母のところに連れて行かれました。

相変わらずの主人に息子について些細な事から咎められました。
先日、主人の休みを待って高熱の為、病院で検査と点滴を受け、
帰宅後子ども部屋をとりあえず隔離寝室として休んでいました。
インフルエンザかと思える程の熱で(39度越え)関節の痛みや悪寒で悶えていました。
(検査の結果インフルエンザでは無かった)
明け方、主人が息子のパンツを手に「これが風呂場で洗ってあったんだけど、そうしろと言ったのか?」と問われた。
全く知らない。
「知らないよ」
「どうして風呂場で自分のパンツを洗ったんだろう?」
「…うんちでもつけちゃったんじゃないの?」
訳も分からずいきなりそこで怒鳴られた。
「そんな事言ってんじゃない!」
「知らないよ、わたしはずっと休んでいたからそんな事」
「ふーん、そうか何も言われなくても自分で洗うんだ」「ふーんそういう事か」「いつもそうなんだな」

「ちょっと待ってよ、いつもそうって?」
「うんちをつけてしまったら自分で洗濯機に入れる前に洗うように言うよ、それがおかしいの?」

「もういい!」

いきなり起こされ怒鳴られ呆然としてしまった。

その後の主人は電話を取り出すと義母に電話を掛け、
「やっぱりもううちでは無理だ、すぐに迎えにきてくれ(息子を)」

どうしてそうなる?電話を取り返し「勝手なことはやめてくれ」と電話を取り合いになり、
しかし結局は義母は「行くから」という事になってしまった。

我が家は東海である、義母家は東北である。

早朝の電話からおよそ12時間後の午後6時、義母が叔母を連れて到着した。

「どういう事情なのか教えて」
もう、どこから説明したらよいのやら熱も下がらぬ体調の中まず主人から、
「もうここに息子は置いておけない、連れて行ってくれ」
「そういう話に決まったのか?」

「いいえ、決まってません。些細な喧嘩からこんな話になっただけです」
「息子の事はわたしと児相、里親さん、ずっと継続してうちの状況がわかってくれている人らと今後の事は決めていこうとしている途中です」
「うちでの養育が難しければ義母さんのところも選択の一つではありますが」

当日早朝の出来事も説明し、結局何が問題なんだ?と。

とても要約できる話では到底無く、息子の愛着についての説明や、
主人の非協力なところ、実子との関係や、とにかく多くの複雑な問題をなるべく分かり易く説明した。

一旦0時でその話し合いは〆、翌日のまた早朝から再開された。
前日の話し合いが約5時間、翌日の話し合いが6時間。
長かった。
愛着しょうがいについて、養育者がこれ以上変わらない事の重要性。
試し行為、愛情を持ってすれば解決する問題では無い事。
出来るだけの事がしたいという想いがあっても主人の不理解や非協力な態度に気持ちが萎える事。

又、ステップファミリーの発達について。

一生懸命説明した愛着についての説明より、後半のステップネタに驚くほどの反応が返ってきた。
わたしが説明する、

「継親は実親にならなくてもいい」
「オリジナルな関係を作っていけたらいいと思う」
「継子を実子と同じに愛せないのは異常な事ではない」
「そして実際わたしも実子と同様な愛情は継子である息子には持てていない」

ここらへんの話題から「信じられない」「そんな環境で子どもが育つなんて」「差別だ」「理不尽だ」と。
それは偏見だ、ステップは一般(初婚)家庭とは全く成り立ちが違う。
親が子を想う愛情とは違う関係を目指したい。
親にならねばという気持ちはかえってお互いに苦しむ。
多くの時間を積み重ねる事が大切である。
何もかも実子と全く同じにできないのは実の兄弟間でもありうる事。
実子をまず満たす事も大切にしている。
息子には出来る事の関わりをしている。
ある一つのエピソードだけを取り出され、それで全てを決めつけないで欲しい。
などなど・・・、
しかしそこは未だ主人にも理解を得られないところでもある。

そんな話をいろんな事例を出しながら説明を尽くしたが、最後には「可哀想に」となってしまう。
そして主人から「妻はいつも実子を優先している」「愛情なんて一切ない」などと多くのエピソードを語られた。(!)

こういった偏見から守ってくれる唯一の人であってほしい人から見捨てられてしまった。

まるで 主人&義母&叔母VSわたし の吊るしあげショーだった。

結局、
「愛情も持たないくせにどうしてうちで見ると意固地になるのか?」
「血のつながりのある義母に任せろ」
「そんな差別を受けて生活をするのは可哀想だ」

とにかくうちに置いておいて揉め事の種になる息子を持て余し、
「施設に預ければいい」と言っていた主人も義母らに賛同擁護しており、
それは、とても、悲しくて悔しかった。
泣いて訴えた。
今までの取り組み、これからも継続して関わりたい事。
義母さんらの望む形(実子に持つ愛情)では無いけれどやりたいと。

最終的には「では冬休みの間だけ連れていく」で無理やり合意。

長い長い話し合い、気持ちが全く理解されなかったという徒労感。
主人に裏切られたという絶望感。

そしていつも通り、産まれてから4回しか会っていない義母に3年振りに会ったその日に、
何の迷いも見せずに着いて行った息子。

どうして?とも聞かず、「じゃあばあちゃんちに行くよ」で「はい」と。

いじわるな継母から可哀想な孫を救い出したと得意満面で出て行った義母と叔母。

もう泣き疲れた、悔しい。

世間や関わりの薄い人達に偏見の目で見られるのはもういい。
義母らもそういう偏見の塊だ。
しかし主人には守って欲しかった。
けれど息子を外に出す目的の為にわたしを悪者にした。

「息子を省いた家族でやっていけばいい」と後ほど言った主人。

けれどもう貴方とは家族で居たくない。

とにかく悔しい、悔しくて悔しくて、又いともあっさり出て行った息子に怒れるやら悲しいやら。

「じゃあ今夜は息子の一番食べたいものを食べに行こう!」
「何が食べたい?」
「寿司!」
「よーしじゃあ寿司を食べに行こうな」

うちを出た後の義母らと息子の会話である。
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::完全なリセットでは無い
まるでゲームのリセットボタンを押したかのよう。

昨日は個人懇談、
下校も早かったので懇談に行く前に娘と息子は近所の店にお買いものに出掛けた。
しばらく不在だったので、
「自転車のタイヤ空気が抜けてるから空気入れてあげる、玄関先に持っておいで」と声を掛けた。

ついでに娘と二人の自転車に空気を入れてあげると息子は、

「ありがとうございます」

又、学校で使う鉛筆補充に追加を渡したら、

「ありがとうございます」

食事の後には「お皿を洗いますか?」

これまで如何に構築されていなかったのか、などと苦笑してしまう。

これがいつまでも続けばきっと腹が立ってくるのだろうな。
息子にとってはおかしな話だ、礼儀正しくしているのに腹を立てられるなんて。
礼儀や挨拶はとても大切な事だけど、それを使う場面がわたしにとってはズレている。
そんな事を理解しろと言われても混乱し、逆に「そんな風に言わなくてもいい」と言えば、
今度は言わないといけない場面(もしくはこちらが言って欲しい時)にも言わなくなってしまうのだろう。

兄弟である周りの子らを模倣しつつ学習していってくれるのを気長に待つのみ。
でもこれもきっと全く同じにしてしまって怒りにふれてしまうのだろうと予測。

このリセットを度々目にし、わたしも学習した成果があったのだなとふと感じた。
今後の予測がある程度立てられるあたり、成果が見られる。
昨日の懇談で娘の担任の先生と「育児によって自分も育てられるね」という内容の話をしてきたが、
本当にそうだと様々な場面で納得した。

少なくとも「ここに帰ってきてもいいのですか?」と言わないだけよしとしよう。
これはきっと彼の学習の成果。
リセットしてもデータは完全に削除されてはいないのだから。

余談だが、つい先日わたしのPCが壊れ現在修理に出している。
OSのリカバリーの必要があり、データを全て失うけどよいか?と聞かれた。
いいも悪いもそうしてもらうしかない。
自分で修理出来るような知識も無いから。
その間、如何にPCに依存している生活をしているのかと思い知らされた。
銀行振込み・生協の注文・調べ物、などなど不便さに辟易しへそくりでノートPCを購入した。
新品のそれはとても便利なのだけど、わたし仕様にはなっていない。

物は物、じきにわたし仕様になっていく。
故に取り換え可能。

人には取り換え不可にコダワリたい。
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::「ただいま」と「おかえり」
息子が帰宅しました。
保護所で制作・工作した版画や習字、絵を持って。

「ただいま」と「おかえり」のごくありふれた挨拶。
ただ、それが出来てよかった。

これから娘と息子の個人懇談に下のチビ助らを連れ行ってきます。
息子が帰宅した事を今朝知った父さん(言っておいたでしょ)

※取り急ぎの記録です、また後ほど書きます。


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