::最後の児童相談所
※前記事にコメントを書いて下さった皆様、ありがとうございます。
お返事は少し時間を下さい。
お返事の前に新たな記事を書く事をお許し下さい。

先週、結果として最後の通所となった児童相談所での担当者との面談に行きました。
近況の説明(主に自分の体調不良)、今後について考えている事を伝えた。

長い期間お世話になり、それまでの家の状況は全て把握している担当者との振り返りのような話し合いとなった。
わたしの方からは、まず別居をし心身共に健康を取り戻す。
その後調停を申し立て、子どもの養育費(婚姻費用分担費)について調停の場で話し合う。
息子については、養育を希望しているが…と話したところで、
担当者から
「今までの事を考えるとそう考えるお母さんの気持ちは理解出来る」
「しかし、息子くんには親がいる、親族もいる、そして彼らはそれに同意はしないだろうし」
「又、養育する義務もある」

「お父さんには何度も『同一視』『投影』について話をし、カウンセリングを進めたが応じない」
「ぞーうさん家族の問題はそこにあった」
「継母・継子としての一般的に起こりうる葛藤などはその問題に比べたらさほど大きな問題では無いし、
解決出来る問題だと考えていた」

「今は自分の身体と、多くの影響を受けてきたであろう他の3人の子との安定した生活がまず必要じゃないですか」

「先ほど言われた別居&調停、その後落ち着いてから息子くんの事」
「一度に全部は不可能」

今回は別居後、同居する予定のわたしの母もあえて同席してもらった。
息子の養育には、
「絶対反対、間違ってる」
「何故実の親・親族がいるのに血縁も何も無いあなたが育てるのだ」
「親や親族もいなくて天涯孤独とでもいうのなら、まだ分かるがそれはおかしい」
と言っていたから。

上のもろもろな意見をまとめて、最終的に息子に関しては、
『来たい時はいつでもおいで』
という事で、別居時には主人らの妨害も予想されるので置いていく。
(もうそういう場面を子どもらに見せたくは無い)
その代わり、主人・親族の前で息子に上記の『来たい時はいつでもおいで』をしっかりと伝える。
息子が自分の意思でそうしたいと望んだ時には、それを聞いてやってもらうようお願いをする。

母も『来たい時はいつでもおいで』には同意してくれた。

これらの話も先の他の子らの養育費等が調停で決まったら、再度調停の場で取り決めておく事にしようと思う。


さて、親子関係について本当に様々な事を考え続けた数年である。
(多分これからも)
愛着障害・発達障害・解離・フラッシュバック・退行・てんかん・同一視・投影・心身症・うつ病。
書ききれない程の障がいや病名。
何度か書いてきた友人は精神病院に入院・退院後、離婚をし生活保護を受けて一人アパートで暮らす事になった。
子ども時代非常に裕福でうらやましかった友人が母との関係の中で、何十年も苦しんで生き辛さを抱えている。
周りを見渡しどれだけの大人となった人々がそういう生き辛さを抱えているのだろうか。
完璧な家庭などあるのだろうか。

わたしはあまり自分自身について書いてこなかったので少し書いて整理してみようと思う。
両親を幼い頃に亡くし、親戚宅でさみしい子ども時代を過ごした父と、
そこそこ裕福な家庭で育った末っ子の母、
母は父がそんな幼少期を過ごしたのだから、きっと家庭を大切にするだろうと思ったと話してくれた。
その両親の元わたしは長女として生まれた。
父は家庭を知らなかった、母を愛してはいたようだが、子どもを愛する事が分からなかったようだ。
とても威圧感があり、父が家の中に居るだけでわたしは緊張していた。
父は仕事もきちんとしなかった、麻雀やパチンコにあけくれていた。
生活はつつましかった。
母が夜中に働きに出ている時期もあった。

やがて中学生になった頃、父は家を出た。
わたしは緊張から解放された。
良い子でいなくてよくなったからか、夜遊びをしたりしだした。
高校生になり、口うるさい母から逃れたい為、勝手に理想化した父のところへ行きたいと言い、
父の住む遠く離れたアパートへ行った。

父は荒れた生活を送っていた。
離れている期間に反抗期も手伝って、理想化していただけあって、
目の前の口うるさい母が本当にわたしの事を想ってくれていた事に気付いた。

1年余り父の元でファミレスでバイトをしながら過ごし、母の元へ戻った。

なのでわたしは高校を出ていない。
その後働きながら大検を取って、大学受験をした、現在は通信大学で福祉を学んでいる。

娘や息子には「ママは大人なのにまだ大学生なのー?」とよくちゃかされる。

母は自分の望んだレールに乗らなかった娘(わたし)にいつも言う。
「あの時、親の言う事をちゃんと聞かなかったからあなたの人生は失敗したんだ」と。
言われる度に非常に傷つく。
母もお見合い相手として歯科医師との話を蹴って父と一緒になった事を後悔し、
そうわたしに言うのだ。
母は母のこうであるべきを絶対に譲らない人だ。
境界を持つのは大切だと思うが、自分と違う意見を発する人に意見そのものでなく人格否定な言葉で返す癖がある。
そのくせ「自信を持ちなさい」とも言う。
厄介なのはその時「あなたの為を思って、親だから言うのよ」と言われる事だ^^;

最近もう一度母と話した。
「お母さんがわたしを想ってわたしの考えに意見をしてくれるのは有難い」
「わたしにはわたしの考えがあって、それを『そういう考え方もあるのね』と聞いてもらいたい」
「うん、そうだね」
珍しく神妙な面持ちで聞いてくれた。

この結婚生活の間、母に何度も言われた。
「あんな男のどこがいいの?何であなたはしがみついてるの?」
母は自分に対して嫌な事をしたり言ったりした人はそこで切る。
わたしは自分に対してそういう事をした人を(そうしなければならない理由があるのかな)と許す。
境界を曖昧にしてしまう癖がある。
もし自分が逆の立場であったらそう考えて許してもらえたら…と思って。

お互いにそういう考え方なら上手くいくのだろうが、
実際はそういう面を見抜かれ利用される事も多々あった。
その都度やはり母に「あんたは馬鹿だ」と言われた。

今、わたしはこの境界をキチンと引こうと思う。
変な罪悪感を感じ、許してきた。

主人の荷物までも背負ってしまっていた。
それが愛情だと思っていた。

荷物はその持ち主に返す。

生き辛さはそうなってしまった理由を自分で思い起こし、そこから目を背ける事無く、
又、誰かにその生き辛さをぶつけるのでも無く、
自分を傷つけず、自分で自分を大切にしたい。
そんなママの元で子どもらを育てていきたい。

※長い駄文を読んで下さってありがとう、一歩一歩前向きに進んでいきます。
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::ご報告とお詫び
いつ頃からか書く事に気持ちが向かず、日に日に更新が遅れていってました。

現在、心療内科に通院し薬を服用しています。
診断名は『心身症』
原因は?Dr曰く『ご主人のモラハラ』

今になって思えば、話し合いが出来なかったのも深く納得。

また、わたし自身も馬鹿な事に主人の幼少期の傷が…などと考えるように心掛け、
彼の言動を増長させてもいたようです。
コミュニケーションがほとんど成り立たない相手に必死に「向き合って!」と懇願。
けれど、無視。
もしくは家を出て行く。
こんな状況は家庭として間違ってる、そう思い「戻ってきて」とお願い。

主人はとても細かなところをよく見ており、わずかな違いに激怒し。
それは息子を愛するが為にそうなっているのだとわたしは感じていた。

息子では無かった。
わたしへの攻撃材料として息子は利用されていた。

ステップを継続していくのには、夫婦間のコミュニケーションは外せない。
けれど我が家でそれは不可能であった。
どれだけ多くの事例や、情報を指し示しうちにあうやり方を一緒に考えようと伝えても、
最終的には「俺のいいと思うやり方以外は認めない」であった。
それが出来ないのなら「息子は施設へ入れろ」。

疲労困憊したんですね、わたしの心。

動悸・手の震え・熱発・息苦しさ。
身体は正直にもう限界だと示しています。
薬で症状は若干緩和されていますが、このまま対処療法を続けていても意味は見出せません。

途中で投げ出す事は良くない事だ。
あきらめてはダメだ。
ステファが家族としてまとまるのには年数が必要だ。
離婚なんていうのは最も最後に考える事だ。

やはり『シバリ』に縛られていました。

現在、別な生活の場を探しています。
住む場所が見つかったら、まず生活の立て直しに全力投球します。
精神的に安定を自覚出来たら、調停離婚を申し立てます。

当然、息子を主人は渡さないと主張するでしょう。
息子の意見をまずは尊重してもらいたいです。
もし、息子がわたしとの生活を望むのであれば、わたしは戦います。

キレイ事に聞こえるでしょうか。

確かに今まで数限りなく「継子を実子のように愛せない」と主張してきました。
それは今でもそうです。
継子を継子としてわたしは大切な存在だと思っています。

世間はG・W、学校が休みの間、実家に休息に行きます。
驚いた事に「息子も一緒に」…に母は「いいよ、あなたがそうしたければ」と言ってくれました。
(ありがとうお母さん)
今までは「あんたは旦那にあんな言われ方までして、そんな人の子どもをどうこうなんて馬鹿げてる!」とよく怒られていました。
親の立場になれば当然の言葉でしょう。

部屋の目途は大方ついていますので、数か月の内には生活の場も変化していると予想されます。
ネットが使用再開までしばらく更新は出来ません。
生活の立て直し・調停・子どもらの新しい生活への適応。
多くの課題が一段落出来たら、続編いきます!

読んで下さっている皆様、今までありがとうございました。
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