愛着障害の子どもとの絆つくり
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20080518 12:37
※前記事にコメントを書いて下さった皆様、ありがとうございます。
お返事は少し時間を下さい。
お返事の前に新たな記事を書く事をお許し下さい。
先週、結果として最後の通所となった児童相談所での担当者との面談に行きました。
近況の説明(主に自分の体調不良)、今後について考えている事を伝えた。
長い期間お世話になり、それまでの家の状況は全て把握している担当者との振り返りのような話し合いとなった。
わたしの方からは、まず別居をし心身共に健康を取り戻す。
その後調停を申し立て、子どもの養育費(婚姻費用分担費)について調停の場で話し合う。
息子については、養育を希望しているが…と話したところで、
担当者から
「今までの事を考えるとそう考えるお母さんの気持ちは理解出来る」
「しかし、息子くんには親がいる、親族もいる、そして彼らはそれに同意はしないだろうし」
「又、養育する義務もある」
「お父さんには何度も『同一視』『投影』について話をし、カウンセリングを進めたが応じない」
「ぞーうさん家族の問題はそこにあった」
「継母・継子としての一般的に起こりうる葛藤などはその問題に比べたらさほど大きな問題では無いし、
解決出来る問題だと考えていた」
「今は自分の身体と、多くの影響を受けてきたであろう他の3人の子との安定した生活がまず必要じゃないですか」
「先ほど言われた別居&調停、その後落ち着いてから息子くんの事」
「一度に全部は不可能」
今回は別居後、同居する予定のわたしの母もあえて同席してもらった。
息子の養育には、
「絶対反対、間違ってる」
「何故実の親・親族がいるのに血縁も何も無いあなたが育てるのだ」
「親や親族もいなくて天涯孤独とでもいうのなら、まだ分かるがそれはおかしい」
と言っていたから。
上のもろもろな意見をまとめて、最終的に息子に関しては、
『来たい時はいつでもおいで』
という事で、別居時には主人らの妨害も予想されるので置いていく。
(もうそういう場面を子どもらに見せたくは無い)
その代わり、主人・親族の前で息子に上記の『来たい時はいつでもおいで』をしっかりと伝える。
息子が自分の意思でそうしたいと望んだ時には、それを聞いてやってもらうようお願いをする。
母も『来たい時はいつでもおいで』には同意してくれた。
これらの話も先の他の子らの養育費等が調停で決まったら、再度調停の場で取り決めておく事にしようと思う。
さて、親子関係について本当に様々な事を考え続けた数年である。
(多分これからも)
愛着障害・発達障害・解離・フラッシュバック・退行・てんかん・同一視・投影・心身症・うつ病。
書ききれない程の障がいや病名。
何度か書いてきた友人は精神病院に入院・退院後、離婚をし生活保護を受けて一人アパートで暮らす事になった。
子ども時代非常に裕福でうらやましかった友人が母との関係の中で、何十年も苦しんで生き辛さを抱えている。
周りを見渡しどれだけの大人となった人々がそういう生き辛さを抱えているのだろうか。
完璧な家庭などあるのだろうか。
わたしはあまり自分自身について書いてこなかったので少し書いて整理してみようと思う。
両親を幼い頃に亡くし、親戚宅でさみしい子ども時代を過ごした父と、
そこそこ裕福な家庭で育った末っ子の母、
母は父がそんな幼少期を過ごしたのだから、きっと家庭を大切にするだろうと思ったと話してくれた。
その両親の元わたしは長女として生まれた。
父は家庭を知らなかった、母を愛してはいたようだが、子どもを愛する事が分からなかったようだ。
とても威圧感があり、父が家の中に居るだけでわたしは緊張していた。
父は仕事もきちんとしなかった、麻雀やパチンコにあけくれていた。
生活はつつましかった。
母が夜中に働きに出ている時期もあった。
やがて中学生になった頃、父は家を出た。
わたしは緊張から解放された。
良い子でいなくてよくなったからか、夜遊びをしたりしだした。
高校生になり、口うるさい母から逃れたい為、勝手に理想化した父のところへ行きたいと言い、
父の住む遠く離れたアパートへ行った。
父は荒れた生活を送っていた。
離れている期間に反抗期も手伝って、理想化していただけあって、
目の前の口うるさい母が本当にわたしの事を想ってくれていた事に気付いた。
1年余り父の元でファミレスでバイトをしながら過ごし、母の元へ戻った。
なのでわたしは高校を出ていない。
その後働きながら大検を取って、大学受験をした、現在は通信大学で福祉を学んでいる。
娘や息子には「ママは大人なのにまだ大学生なのー?」とよくちゃかされる。
母は自分の望んだレールに乗らなかった娘(わたし)にいつも言う。
「あの時、親の言う事をちゃんと聞かなかったからあなたの人生は失敗したんだ」と。
言われる度に非常に傷つく。
母もお見合い相手として歯科医師との話を蹴って父と一緒になった事を後悔し、
そうわたしに言うのだ。
母は母のこうであるべきを絶対に譲らない人だ。
境界を持つのは大切だと思うが、自分と違う意見を発する人に意見そのものでなく人格否定な言葉で返す癖がある。
そのくせ「自信を持ちなさい」とも言う。
厄介なのはその時「あなたの為を思って、親だから言うのよ」と言われる事だ^^;
最近もう一度母と話した。
「お母さんがわたしを想ってわたしの考えに意見をしてくれるのは有難い」
「わたしにはわたしの考えがあって、それを『そういう考え方もあるのね』と聞いてもらいたい」
「うん、そうだね」
珍しく神妙な面持ちで聞いてくれた。
この結婚生活の間、母に何度も言われた。
「あんな男のどこがいいの?何であなたはしがみついてるの?」
母は自分に対して嫌な事をしたり言ったりした人はそこで切る。
わたしは自分に対してそういう事をした人を(そうしなければならない理由があるのかな)と許す。
境界を曖昧にしてしまう癖がある。
もし自分が逆の立場であったらそう考えて許してもらえたら…と思って。
お互いにそういう考え方なら上手くいくのだろうが、
実際はそういう面を見抜かれ利用される事も多々あった。
その都度やはり母に「あんたは馬鹿だ」と言われた。
今、わたしはこの境界をキチンと引こうと思う。
変な罪悪感を感じ、許してきた。
主人の荷物までも背負ってしまっていた。
それが愛情だと思っていた。
荷物はその持ち主に返す。
生き辛さはそうなってしまった理由を自分で思い起こし、そこから目を背ける事無く、
又、誰かにその生き辛さをぶつけるのでも無く、
自分を傷つけず、自分で自分を大切にしたい。
そんなママの元で子どもらを育てていきたい。
※長い駄文を読んで下さってありがとう、一歩一歩前向きに進んでいきます。
お返事は少し時間を下さい。
お返事の前に新たな記事を書く事をお許し下さい。
先週、結果として最後の通所となった児童相談所での担当者との面談に行きました。
近況の説明(主に自分の体調不良)、今後について考えている事を伝えた。
長い期間お世話になり、それまでの家の状況は全て把握している担当者との振り返りのような話し合いとなった。
わたしの方からは、まず別居をし心身共に健康を取り戻す。
その後調停を申し立て、子どもの養育費(婚姻費用分担費)について調停の場で話し合う。
息子については、養育を希望しているが…と話したところで、
担当者から
「今までの事を考えるとそう考えるお母さんの気持ちは理解出来る」
「しかし、息子くんには親がいる、親族もいる、そして彼らはそれに同意はしないだろうし」
「又、養育する義務もある」
「お父さんには何度も『同一視』『投影』について話をし、カウンセリングを進めたが応じない」
「ぞーうさん家族の問題はそこにあった」
「継母・継子としての一般的に起こりうる葛藤などはその問題に比べたらさほど大きな問題では無いし、
解決出来る問題だと考えていた」
「今は自分の身体と、多くの影響を受けてきたであろう他の3人の子との安定した生活がまず必要じゃないですか」
「先ほど言われた別居&調停、その後落ち着いてから息子くんの事」
「一度に全部は不可能」
今回は別居後、同居する予定のわたしの母もあえて同席してもらった。
息子の養育には、
「絶対反対、間違ってる」
「何故実の親・親族がいるのに血縁も何も無いあなたが育てるのだ」
「親や親族もいなくて天涯孤独とでもいうのなら、まだ分かるがそれはおかしい」
と言っていたから。
上のもろもろな意見をまとめて、最終的に息子に関しては、
『来たい時はいつでもおいで』
という事で、別居時には主人らの妨害も予想されるので置いていく。
(もうそういう場面を子どもらに見せたくは無い)
その代わり、主人・親族の前で息子に上記の『来たい時はいつでもおいで』をしっかりと伝える。
息子が自分の意思でそうしたいと望んだ時には、それを聞いてやってもらうようお願いをする。
母も『来たい時はいつでもおいで』には同意してくれた。
これらの話も先の他の子らの養育費等が調停で決まったら、再度調停の場で取り決めておく事にしようと思う。
さて、親子関係について本当に様々な事を考え続けた数年である。
(多分これからも)
愛着障害・発達障害・解離・フラッシュバック・退行・てんかん・同一視・投影・心身症・うつ病。
書ききれない程の障がいや病名。
何度か書いてきた友人は精神病院に入院・退院後、離婚をし生活保護を受けて一人アパートで暮らす事になった。
子ども時代非常に裕福でうらやましかった友人が母との関係の中で、何十年も苦しんで生き辛さを抱えている。
周りを見渡しどれだけの大人となった人々がそういう生き辛さを抱えているのだろうか。
完璧な家庭などあるのだろうか。
わたしはあまり自分自身について書いてこなかったので少し書いて整理してみようと思う。
両親を幼い頃に亡くし、親戚宅でさみしい子ども時代を過ごした父と、
そこそこ裕福な家庭で育った末っ子の母、
母は父がそんな幼少期を過ごしたのだから、きっと家庭を大切にするだろうと思ったと話してくれた。
その両親の元わたしは長女として生まれた。
父は家庭を知らなかった、母を愛してはいたようだが、子どもを愛する事が分からなかったようだ。
とても威圧感があり、父が家の中に居るだけでわたしは緊張していた。
父は仕事もきちんとしなかった、麻雀やパチンコにあけくれていた。
生活はつつましかった。
母が夜中に働きに出ている時期もあった。
やがて中学生になった頃、父は家を出た。
わたしは緊張から解放された。
良い子でいなくてよくなったからか、夜遊びをしたりしだした。
高校生になり、口うるさい母から逃れたい為、勝手に理想化した父のところへ行きたいと言い、
父の住む遠く離れたアパートへ行った。
父は荒れた生活を送っていた。
離れている期間に反抗期も手伝って、理想化していただけあって、
目の前の口うるさい母が本当にわたしの事を想ってくれていた事に気付いた。
1年余り父の元でファミレスでバイトをしながら過ごし、母の元へ戻った。
なのでわたしは高校を出ていない。
その後働きながら大検を取って、大学受験をした、現在は通信大学で福祉を学んでいる。
娘や息子には「ママは大人なのにまだ大学生なのー?」とよくちゃかされる。
母は自分の望んだレールに乗らなかった娘(わたし)にいつも言う。
「あの時、親の言う事をちゃんと聞かなかったからあなたの人生は失敗したんだ」と。
言われる度に非常に傷つく。
母もお見合い相手として歯科医師との話を蹴って父と一緒になった事を後悔し、
そうわたしに言うのだ。
母は母のこうであるべきを絶対に譲らない人だ。
境界を持つのは大切だと思うが、自分と違う意見を発する人に意見そのものでなく人格否定な言葉で返す癖がある。
そのくせ「自信を持ちなさい」とも言う。
厄介なのはその時「あなたの為を思って、親だから言うのよ」と言われる事だ^^;
最近もう一度母と話した。
「お母さんがわたしを想ってわたしの考えに意見をしてくれるのは有難い」
「わたしにはわたしの考えがあって、それを『そういう考え方もあるのね』と聞いてもらいたい」
「うん、そうだね」
珍しく神妙な面持ちで聞いてくれた。
この結婚生活の間、母に何度も言われた。
「あんな男のどこがいいの?何であなたはしがみついてるの?」
母は自分に対して嫌な事をしたり言ったりした人はそこで切る。
わたしは自分に対してそういう事をした人を(そうしなければならない理由があるのかな)と許す。
境界を曖昧にしてしまう癖がある。
もし自分が逆の立場であったらそう考えて許してもらえたら…と思って。
お互いにそういう考え方なら上手くいくのだろうが、
実際はそういう面を見抜かれ利用される事も多々あった。
その都度やはり母に「あんたは馬鹿だ」と言われた。
今、わたしはこの境界をキチンと引こうと思う。
変な罪悪感を感じ、許してきた。
主人の荷物までも背負ってしまっていた。
それが愛情だと思っていた。
荷物はその持ち主に返す。
生き辛さはそうなってしまった理由を自分で思い起こし、そこから目を背ける事無く、
又、誰かにその生き辛さをぶつけるのでも無く、
自分を傷つけず、自分で自分を大切にしたい。
そんなママの元で子どもらを育てていきたい。
※長い駄文を読んで下さってありがとう、一歩一歩前向きに進んでいきます。
2008.05.23 23:26 by ちかちゃん│URL│#-
::
ぞーうさんのお母さんと僕の母は同じ系統の人なのかもしれないな・・・。
何度も母に妻(継母)の気持ちを伝え、理解と歩み寄りを求めたけど、最後まで妻を否定。最後は僕も否定してた・・・。
「あの子(妻)は異常。特別。とても理解できない。早く別れたら?あんた(僕)をそんな風に育てた覚えはないよ。情けない。あんたも父親失格だ。いつまでもあの子をおっかけてないこと。前の奥さんは優しかったよねぇ」
妻も姑や周囲の人や最後は僕も否定してたけど、僕的には、母も妻も、「そう考えてしまったり、受け入れられない原因はなんだろう?育った環境?小さい頃の?大人になってから?それとも僕に原因があるのかな?」なぁんて考えてしまい、否定というよりも同情や反省が先にきちゃうからね。
妻の、この悪い流れをここで俺が止めなきゃ、娘たち(継娘と実娘)まで連鎖が起きてしまうって、それが自分の役割だ!なんて変な正義感があったかなぁ・・・。
人に対して、線引きができる母や前妻は正直すごいと思うし、そうしなければいけない場面もあるんだなぁと省みることもできたけど、あんまり積極的に取り入れたい価値観じゃない(笑)。
ぞーうさんの、逆の立場ならって考えられるところは、長所(子供みたいな言い方でごめんなさい)だから、そのままでね。それが、生活していく中で、しっかりとお子さんたちへ引き継がれるんだから(^o^)
ただでさえ生き辛い世の中。反対に楽しいこともまだまだたくさんあるはず。落ち着いたら、大きく休憩取って、生き急がず、お互い、ぼちぼちがんばりましょ!
何度も母に妻(継母)の気持ちを伝え、理解と歩み寄りを求めたけど、最後まで妻を否定。最後は僕も否定してた・・・。
「あの子(妻)は異常。特別。とても理解できない。早く別れたら?あんた(僕)をそんな風に育てた覚えはないよ。情けない。あんたも父親失格だ。いつまでもあの子をおっかけてないこと。前の奥さんは優しかったよねぇ」
妻も姑や周囲の人や最後は僕も否定してたけど、僕的には、母も妻も、「そう考えてしまったり、受け入れられない原因はなんだろう?育った環境?小さい頃の?大人になってから?それとも僕に原因があるのかな?」なぁんて考えてしまい、否定というよりも同情や反省が先にきちゃうからね。
妻の、この悪い流れをここで俺が止めなきゃ、娘たち(継娘と実娘)まで連鎖が起きてしまうって、それが自分の役割だ!なんて変な正義感があったかなぁ・・・。
人に対して、線引きができる母や前妻は正直すごいと思うし、そうしなければいけない場面もあるんだなぁと省みることもできたけど、あんまり積極的に取り入れたい価値観じゃない(笑)。
ぞーうさんの、逆の立場ならって考えられるところは、長所(子供みたいな言い方でごめんなさい)だから、そのままでね。それが、生活していく中で、しっかりとお子さんたちへ引き継がれるんだから(^o^)
ただでさえ生き辛い世の中。反対に楽しいこともまだまだたくさんあるはず。落ち着いたら、大きく休憩取って、生き急がず、お互い、ぼちぼちがんばりましょ!
2008.06.26 22:10 by │URL│#-
::
結局、あなたは 母親の 思うとおりに されただけでしかないんですね。
自分の人生を歩むことが出来なかった。母親の洗脳・呪いのままになり、それに気がつかない。
幼い頃に まともに育ててもらうことが出来なかったもの同士が夫婦になった結果がこれなんですね。
少しは踏ん張るかと思いきや。
残念でなりません。
所詮、人間、育てられたようにしか 生きることが出来ないってことですね。
自分の人生を歩むことが出来なかった。母親の洗脳・呪いのままになり、それに気がつかない。
幼い頃に まともに育ててもらうことが出来なかったもの同士が夫婦になった結果がこれなんですね。
少しは踏ん張るかと思いきや。
残念でなりません。
所詮、人間、育てられたようにしか 生きることが出来ないってことですね。
2008.06.27 14:07 by ぞーうさん│URL│#oUIczFWc
::ちかちゃんさん、ありがとう。
>人に対して、線引きができる母や前妻は正直すごいと思うし、そうしなければいけない場面もあるんだなぁと省みることもできたけど、
>あんまり積極的に取り入れたい価値観じゃない(笑)。
同感です(^^)
ただ、生き辛い原因の中に『許し過ぎる』というのも自分自身あるのかな、と感じています。
昨夜、子どもらと話したんです。
些細な事で喧嘩になってうるさかったから、
わたし:「まだ小さいんだから許してあげなよ」
娘:『だっていきなり叩いてきたんだよ!どうして許さなきゃいけないの!』
そうだね、暴力はいけない。
暴力は許さない、でいい。
けれど、それがまだ身についてないから(セメント4歳)、
その身についていない事を許してあげて。
『うーん、わかったよ(-"-)』
わたしは諍いが嫌いで、ゴタゴタするくらいなら謝ってしまえ。
みたいなところがあります。
線引き・境界線を引くと相手が傷つくのではないか、とか。
毅然とNO!と言えない心の弱さを認めないといけないです。
>あんまり積極的に取り入れたい価値観じゃない(笑)。
同感です(^^)
ただ、生き辛い原因の中に『許し過ぎる』というのも自分自身あるのかな、と感じています。
昨夜、子どもらと話したんです。
些細な事で喧嘩になってうるさかったから、
わたし:「まだ小さいんだから許してあげなよ」
娘:『だっていきなり叩いてきたんだよ!どうして許さなきゃいけないの!』
そうだね、暴力はいけない。
暴力は許さない、でいい。
けれど、それがまだ身についてないから(セメント4歳)、
その身についていない事を許してあげて。
『うーん、わかったよ(-"-)』
わたしは諍いが嫌いで、ゴタゴタするくらいなら謝ってしまえ。
みたいなところがあります。
線引き・境界線を引くと相手が傷つくのではないか、とか。
毅然とNO!と言えない心の弱さを認めないといけないです。
2008.06.28 18:48 by ぞーうさん│URL│#oUIczFWc
::匿名さんへ
これで終わったとする考えではありません。
一旦距離を置く必要があると思いました。
踏ん張り続ける事が家族にとって常に良い結果にならない事に気がついたからです。
※コメントにはハンドルをお願い致します。
一旦距離を置く必要があると思いました。
踏ん張り続ける事が家族にとって常に良い結果にならない事に気がついたからです。
※コメントにはハンドルをお願い致します。



